止まれない列車

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「何が英雄だよ、くそったれが」  自分の家、自分が住む掘っ建て小屋へと戻ったタカハシは、乱雑に防寒具を脱ぎ捨てると力一杯机に拳を振り下ろした。  タカハシが命を懸けるのは自分が生き残る為。列車を停めてしまえば、二度と列車は動けなくなりあらゆる電気が止まって人類は一人残らず死滅してしまう。それが嫌だから、死にたくないから列車を命懸けで整備しているだけなのだ。  死にたくないから、自分の仕事に全力を尽くす。  死にたくないから、列車を命懸けで修理する。  自分可愛さの為に車輌を整備するタカハシよりも、家族を守るために、母親を養うために命を張っていたフジグロの方がよっぽど英雄に相応しい。  どうして自分本位な俺に期待する?  どうして自分本位な俺に誇りを抱く?  まったくもって理解できない。リーダーの期待も。下層貧民の羨望も、仲間に託されてきた命も、何もかもがタカハシにとって限りなく重い重荷だ。 「外は極寒の外気と猛毒の雪で汚染され、化け物どもが徘徊する地獄。対してここは、いつ出れるか分からない鋼鉄の塊に閉じ込められ理不尽に搾取される地獄。……どれがましか分かりやしない」  脳裏に浮かぶのは整備団本部の上層民の、見下した顔。傲慢で横暴な、まるでヒトと思わぬ警備員の態度。 「間違ってもあんなクズたちの為に命なんか張れるか」  ハンモックに身を投げて、タカハシは天上の錆を見つめながら目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、あっという間に後方へと吹き飛ばされた仲間(フジグロ)の姿であり、耳にこびり付いた死んでいった同胞の断末魔が聞こえてくる。慣れても慣れない幻聴幻覚に、タカハシは震える手を抑え込む。 「ああ、死ぬのは怖いな」  目に焼き付いた仲間の死に様が、タカハシに死の恐怖をまじまじと突き付ける。 「ああ、死ぬのは嫌だな」  耳にこびり付いた仲間の断末魔が、タカハシに死の恐怖をありありと彷彿させる。 「ああ、死にたくないな」  と、タカハシは死への恐怖を口に漏らす。  電気設備整備隊の英雄と謳われるタカハシが、戦うのは家族の為も金の為でも、ましてや女の為ですらない。ただひたすらに、死にたくないから。  生き残りたいから、タカハシは命を懸けて列車を整備し続ける。  それがタカハシの日常なのだ。 b9bbb6d4-7dda-494b-bce9-549299d56ddc 今日も列車は停まらず進み続ける。  人類を乗せて、明日を迎える為に、誰かが命を懸けて列車を進めるのであった。
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