1.暗夜

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3時間前私たちは職員用の出入口から数百メートル離れた裏通りにあるコインパーキングで落ち合った。 残業中「Pで待ってる」とのメールが入り「OK」マークだけの返信をした。「P」とはその裏通りのコインパーキングの略で私たちの共通の暗号のようなものだ。 同期入社の野村蓮(のむられん)。私と同じ今年36歳を迎える独身。 独り者同士なのだから堂々とつきあってもよいはずだが、つきあい始めた頃からなぜかそのような習慣になってしまった。どちらかといえばむこうがそうしたかったようにも思える。 もう6年にもなる。30歳過ぎから出会い親しい関係となる異性に対して結婚を意識しない者は少ないだろう。もれなく私もそうだった。しかし彼は、蓮の場合は違ったみたいだ。 「おつかれ」 「うん、疲れた……」 蓮はジーンズにトレーナーだけの軽装で髪は整髪料をまったくつけていずサラサラだ。長めの前髪が笑っているようで笑っていない目をうまい具合に隠している。 休みの夜にわざわざ車で出てくる理由はわかっていたが気づかないふりをするつもりだ。今日は疲れきっている。そんな気になれない。
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