1.暗夜

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蓮は食べ終えるとドリンクバーから自分の分だけホットコーヒーを持ってきてズズッと音を立ててひとくちすする。目が言っている。まだかよって。 「なんかもういいわ。疲れ過ぎて入らなくなった」 私の皿には食べかけのハンバーグが半分以上残っている。実際すでに食欲は失せていた。 「じゃ、行こか」 もうすでにレシートを持って立ち上がっている。お茶くらい飲みたかった。しかたなくグラスの水を一気に飲み干して私も席を立った。 「横須賀遠いよなー。朝まで帰って来れんのかね」 ただドライブして帰ってくるだけなら余裕で終電くらいの時間には戻ることは可能だろう。 「あ、高速代は俺が出すから夕飯代くれる?」 黙って財布から千円札を2枚出して渡す。 「サンキュ」 愛車の国産コンパクトSUVのエンジンがかかる。メタリックの赤いボディカラーはあまり好みではなかったが慣れてしまった。 都内にある大手百貨店の婦人服売場責任者とバイヤーだなんてファッショナブルな暮らしをしているのではないかと思われがちだが、少なくとも我々は普通のサラリーマンだ。服もそんなに高い物を着ているわけではない。最近の百貨店業界の現状を鑑みれば地味に暮らす方が賢い選択だとも言える。 「今日、部の会議でまた中野さんが仕切っちゃって30分オーバーよ」 「あーまたいつものアレな」 「こっちはそのあと打ち合わせ控えてたのに準備もあんまりできなくてまいったわ」 「残業もここんとこ多いよな」 「うん、定時に上がらないとうるさく言われるからビクビクよ。でもやること満載でさ」 「これから海連れてってやるから待ってろよ」 こんなふうに仕事の話をしている時にはそれほど悪い人間でもない気もしてくるのだが。 今「悪い人間」と言ったが訂正する。 蓮は、そうだ、自分のことしか愛せない人間だ。知っててつきあっているのは情が少しでもあるからか。いつか断ち切ることのできる何かがあったらどうなるかわからない。 「疲れた。ごめん、着くまで少し眠ってもいい?」 「おぅ」 その声を耳にすると同時くらいに落ちていた。
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