プロローグ

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プロローグ

 異世界へ転生したら、後宮の皇帝の花嫁候補になっていた。  そして、数か月経ったある日、皇帝の來人(ライト)と食事をする機会を与えられた。  そこで改めて詳しく自己紹介をする女性たち。  食事会も、バイキング形式のような形で行われて、これといって皇帝と直接話す事もなく終了したのだった。  ただ、皇帝と会話をしたのは動物が好きなのかどうかという事だけ。  柑奈は動物園には小さい頃はよく連れて行ってもらった事があり、他の女性たちよりは饒舌に動物について語ったし、動物好きは伝わったと思っているのだが、自信はそれほどない。  部屋で読書しながら時間を潰していると、部屋のドアをノックされ、中へと皇帝の従者と思われる男性が入って来て、封筒を渡したらすぐさま戻っていった。  何か用があると封筒を渡して来るのが、この後宮皇帝のやり方なのだろうが、いちいち面倒くさくないのだろうか。  だが、柑奈がいた世界とは違うのだから、アナログなやり方しかできないのは仕方ないのかもしれない。  深呼吸をして封筒の中身を確認する。 “ここに文字が書かれた手紙が渡った者は、私に選ばれたという事だ。いうなれば、白紙の紙を受け取った者は、残念ながら私に花嫁に選ばれなかったという事になるが、ガッカリする事はない。望めば私の独身を貫く友人を紹介するという事も考えている。また、後宮妃の侍女になってここにずっといるという選択肢もあるので、どうしたいのかは貴女次第という事だが、私に選ばれた貴女は、日付が変わる前に私の部屋へ来てもらいたい。心より待っている” (マジか。私なんだ……)  まるで、社長秘書に選ばれたかのような気持ちになって、柑奈は初めて生きていてよかったと思えたのだ。  刻々と時間が過ぎていき、気が付くとあと1時間で日付が変わろうとしている。  柑奈はどれだけ緊張をしているのだろうか。  深呼吸を数回してから皇帝の部屋の外で待機している男性に声をかけた。 「私は、先ほど皇帝の従者から手紙を受け取ったので、こちらへ参りました」 「來人(ライト)様、一人の女性がお見えになりました」 「わかった。どうぞ中へ通してくれ」 「畏まりました。どうぞこちらへ」  そう言って男性は、皇帝がいるという部屋のドアを開けて柑奈を中へ通した。 「失礼します」  柑奈は、中へ入ると腰を折り深々と頭を下げる。 「貴殿よ、頭をあげよ。私によく見える場所へもう少し近づいてはくれないか。(ラン)は下がってよい」 「はっ。失礼しました」  嵐と呼ばれた男性は來人の部屋から出ていった。  ゆっくりと顔をあげて柑奈は、皇帝へと近づいて行く。  間接的な明かりで顔がよく見えない。  食事をしたのだから顔は覚えているはずなのだけど、輪郭がぼやけている。  歩くたびにシャラシャラと床に布が擦れる音がする。  寝室に入ってやっと顔が見えた。  シュッと引き締まって、目つきはどこか鋭いが優しい雰囲気は伝わってきた。 「名は何という?」 「柑奈と申します」 「柑奈、私のすぐ傍へ」  手招きされたので、軽く会釈すると皇帝が腰を下ろしているベッドの上へちょこんと座った。  ここで何を行なわれるのか、柑奈も何となく想像がついた。  下界でも彼氏がいた事がないし、経験なんてないのに食事をしただけの相手と、もう一線を越えるというのか。  柑奈の心臓は飛び出しそうだ。  顔立ちのよいイケメンに、自分のような平凡な娘が釣り合うのか謎だが、気分を損ねたらチャンスがなくなるので、成り行きに任せてしまえと柑奈は、深呼吸を数回繰り返す。 「柑奈と言ったか? 私の質問にあそこまで的確に答えてくれた。その時の、貴殿の笑顔が素敵だと思ったのだ。それが決め手となった。もう少し傍に寄ってくれないか?」 「ありがとうございます。あの……、私、猫を飼っていたんです。だから、懐かしくなって……」  そこまで話したら、不意に涙が零れて来た。 「無理に話さなくていい。大丈夫」  來人はグイと抱き寄せて、柑奈の背中を優しく撫でる。  抱き寄せられた事で顔を肩に乗せる形になったが、月明かりで写し出された來人の陰が何となくに見えた気がしたのだ。   身体を離したと思えば、來人はそのまま、柑奈の頭を撫でながら優しくふかふかの布団の上に横たえさせた。 「無理矢理という事はしないから、そこは安心してくれ」 「優しいんですね」  零れ落ちた涙を指腹で拭う來人の瞳は、人間とは違う白目がないのだが、月明かりに照らされて逆光だからなのかと言い聞かせる。 「優しい? 誰でも涙を流されていれば、こうして拭うのではないか? 柑奈に飼われた猫は幸せだったのだろうな……」  額に落とすキスは優しいと柑奈は思った。  自分の己の欲を満たすための行為とは違うように感じた。  経験がないからよくわからないけど、初めての事なのに恐怖を感じていないのは、來人の優しい性格が滲み出ていると言ってもおかしくはない。 「私は、猫がいればそれで救われていたので、とても可愛がってました。私が猫から幸せをもらっていたかもしれないけど、少しは幸せだったならよかったとは思います。ふふ……本当、貴方は優しい方で、私は勘違いしそうです」 「良い解釈しているのなら、私は嬉しい限りだ。猫は一人が良い時もあるが、弱き者とか守りたいと思う相手には優しくする時もある。貴女の猫がそうだったように……。私とて経験は皆無だから、痛くしてしまった時は容赦なく伝えてくれ」  そう言って、鼻の頭、唇へと場所を変えて軽いタッチだが優しいキスの嵐はやんで欲しくないと、柑奈はその先も少し期待をしてしまう。  身を委ねていても、大丈夫だと思わせるほど、來人は時折、柑奈を気遣うので、初夜だというのに不安は消えていった。  しなやかに動く來人は猫を連想させる。  この時は、來人が猫ではなくて獰猛の獣のライオンだと気付かないでいたのだが、それがわかるのは、少し先の話。
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