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想定外の出来事
坂口柑奈は、歩道橋の上にいた。
こんな深夜に女一人でいるのは、何だか不自然な気もするが繁華街近くの歩道橋にいたとしても、周りも酔っ払いだらけだから気にはならないし、声をかけてくる人もいない。
「さよなら」
言葉にしただけでも心は軽くなったのに、それでも未練は断ち切りたいと柑奈は、橋の上から身を投げ出した。
幸い、深夜という事もあり車の通りがなかったので、柑奈の身体は真っ逆さまにコンクリートにたたきつけられたが、巻き込まれる車がなかったのはよかったのかもしれない。
よかったというのは、語弊があるかも知れないが事故処理する側の人間の気持ちになれば、面倒な車の衝撃を受けたところの処理する手間は省けた。
しかし、落ちた遺体を発見した時は、なんとも言えない気持ちになるだろう。
若いのに自殺をしないといけなかった理由は、亡くなった者しかわからないとはいえ、顔半分は押し潰された事で頬はぐちゃっと歪んでいる。
これを見やすい状態に戻す作業をする者たちも、死後硬直が始まると大変苦労するのだ。
特に、女性ならば生前に近い状態へ戻してあげたほうがいいだろう。
下界の人間たちだけが苦労するわけではなく、魂を回収する天使からすれば、想定外の出来事なので困惑してしまうのだ。
天使たちが魂を回収する時は、亡くなった事が事前にわかっている場合が多い。
自然災害等の理由で亡くなった時も、ある程度は心構えはできてる事もあるから大丈夫なのだが、このように、突然死(自殺含む)は、魂回収の連絡が入らないために準備不足だったりして、スムーズにいかない。
死因不明だと、一度は死体を解剖医によって解剖して原因を突き止める作業があるので、天界へ連絡が入るのが遅くなる可能性がある。
「思いつきでこういう事されちゃたまらないね」
下界を眺めている天使の一人が、深くため息をついたのは言うまでもない。
「車などにぶつかって肉片が飛び散ったり、想像以上の無様な姿になっていないだけマシと思わないとやっていけないよ」
二人以上で見回りをしているのは、遺体確認等の情報交換のためだ。
リストに上がっている魂から優先的に回収していくのだが、今回は日付変わる直前の出来事なので、神様との連携が滞ってしまう。
「神様が、いったん引き上げて来いってさ。まぁ、ここで見ているだけって時間の無駄だしね」
天界にも便利ツールはあるので、通信機に天使へ連絡が届くと神様のところへ急がねばならない。
「そうだね。眷属の世話でもしてようか」
天使たちは、猛スピードで天界へと上がっていく。
下界では、柑奈の持ち物から身元判明する作業等が行われているが、夜中だという事もあり、寝ているであろう遺族に連絡を入れるのは躊躇うが、できるだけ綺麗なうちに(腐敗が進む前に)遺族に連絡をして、本人確認をしてもらう。
「夜分遅くにすみませんこちらは__」
『そうですか、娘が帰宅しないので一応、行方不明捜査で警察に連絡はしてあったのですが……わかりました。伺います。わざわざ連絡ありがとうございました』
電話を受けた妻の晴美は、涙ぐみながら寝室に戻って寝ている夫の和幸を揺り起こす。
「ん……、こんな時間にどうした?」
「たった今、柑奈が亡くなったって連絡が来たの……。本人確認願いますって」
その言葉を聞いた和幸は、一気に目が冴えた。
「柑奈が家にいない事に全く気付かなかったのか?」
「仕事でいつも遅いので、そんなに心配してませんでした。今は、私たちが言い争っている暇はありませんよ。早く支度をして向かわないと……」
「ああ、そうだな。夫婦で揉めている場合ではないな。車を出すからすぐに行けるか?」
「はい。化粧はしないのでいつでも出発可能ですよ。場所は控えてあるので、教えますね。住所は__」
晴美は、和幸に教えると、玄関から出て鍵をかけるのは忘れない。
車で柑奈が安置されている場所まで到着すると、先ほど連絡くれた若い警察が二人を案内した。
横たわる娘を見た途端、晴美は泣き崩れる。
「柑奈……お父さんは、何も気づいてやれなかった……本当にすまない……」
「あの……坂口柑奈さんで間違いないですか?」
「はい、間違いないです……。柑奈、いったいどうして……」
晴美を支えながら、警察に呼ばれた部屋まで移動をした。
これから死亡解剖が行われるというのだ。
それで死因等がわかるらしい。
だが、自殺した可能性があるため、もしかしたら死因はわからない可能性があるとも告げられた。
安置された部屋で見た娘は、今にも起きてきそうなほど綺麗な顔をしていて、未だに亡くなった事実が信じがたい。
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