1.木の下の子リス

10/18

897人が本棚に入れています
本棚に追加
/470ページ
*** 「今年も社長は見回りの方ですか?」  帰り支度を始めた女性従業員の田岡美代子(たおかみよこ)に、ふと思い出したように問いかけられて、実篤(さねあつ)はパソコンから目を離して「ああ」と短く答えた。 (田岡さん、今からデートじゃろうか)  いつもより化粧直しが念入りにされている気がするし、何より服が事務服(制服)から白地に黒の水玉ワンピースに、カーキのアウターを合わせたコーディネートにチェンジされている。  日頃なら「着替えるの面倒じゃし、このまま帰りますぅ〜」と制服のまま帰ることが多い田岡だが、週末なんかは着替え率が高い。  今時珍しい黒髪ストレートを、作業しやすいようにポニーテールにしている彼女は、あざとい感じの眼鏡女子だ。  二十代半ばの独身女性特有の浮足だった雰囲気を感じて、今年31になった実篤(さねあつ)は、そう言うのを割と(この)もしく思っていたりするのだ。 (恋する女の子は華やかでええけぇな)  その一方で、この会社へ迎え入れて2年になる田岡だが、結婚したらやはり退職しまぁーす、とかなるんじゃろうかとふと考えて溜め息をひとつ。 (それはちょっと寂しいけんなぁ……)  けれど、まぁその時が来たら笑顔で送り出してやらねば、とも思ってはいるのだ。
/470ページ

最初のコメントを投稿しよう!

897人が本棚に入れています
本棚に追加