1.木の下の子リス

12/18

897人が本棚に入れています
本棚に追加
/470ページ
「いっそのことスーツ着るのをやめちゃったら違うんじゃないですか? ほら。社長が着ると何でか分からんですけど堅気(かたぎ)っぽくなくなるじゃないですか」  田岡の横から、経理の野田千春(のだちはる)がクスクス笑いながらそう付け加えてきて。  スタッフの中で唯一自分より年上の46歳の彼女は、他のスタッフたちに対しても、雇い主の実篤(さねあつ)に対しても分け隔てなく辛辣(しんらつ)で容赦がない。  実篤(さねあつ)がそれを許す人間だから、というのもあるけれど、とにかくそう、ここ――クリノ不動産――はこんな雰囲気で和気藹々(わきあいあい)とした社風なのだ。  今はたまたま席空きでいない営業男性2名にしても、結構伸び伸びと仕事をしていると思う。 「いや、みんな勘違いしちょらんですか? 当日の俺、Tシャツに法被(はっぴ)羽織っちょるんですけど」  祭りの時はスーツじゃないですけぇね?と付け加えたら、女性陣ふたりから「あぁ〜」と溜め息とも納得とも区別のつかない声が一斉に上がった。 「……まぁ、何にしても頑張ってきてくださいね。事務所の方は私らがしっかり守っちょきますけぇ」  しばし間を置いて、まるで今の「あぁ〜」を誤魔化すみたいに野田が言った。
/470ページ

最初のコメントを投稿しよう!

897人が本棚に入れています
本棚に追加