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現場に着くと、絡まれていたのは移動パン屋の女の子で。
大きな木の下に佇んだリスのシルエットが印象的な、白い軽自動車の前に人だかりが出来ていた。
「お姉さんが持って来ちょるパン全部買うちゃげるけぇさ。さっさと店仕舞いして俺とデートしよぉーやぁ」
そんな下卑た声が聞こえてきて、「は、離してくださ……っ」という震えた声が実篤の耳に入ってきた。
人混みでよく見えなかいけれど絡んでいる人間は店員の女の子をどうこうしようとしているらしい。
見物人たちは立ち止まってその様子を遠巻きにはしているものの、誰も絡まれている女性を助けようという気はないようで。
その様を見て、実篤はイライラする。
「ちょっと通してもらえますか? 運営の者です」
わざと声を張り上げて人だかりを押しのけるようにして前に出れば、二十代半ばと思しき男が、エプロンに三角巾姿の可愛らしい女の子を、ハッチバックに陳列棚が設置された車に向けてジリジリと追い詰めているところだった。
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