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『良い名前じゃと思ったのにのぉ〜。なぁー、大豆?』
その父が、目を糸のように細めて猫を撫でる姿はなかなかに不気味だった。
もしかすると、くるみを前にした自分も、あんな顔になっているんだろうか、とちょっとだけ不安になった実篤だ。
(今度からくるみちゃんと会う時は気を付けんにゃあいけんな。あんなバカなことも言ってしもぉーたし)
画面越し、猫に頬を擦り寄せる父を見て真剣にそう思って。
「そう言えば、なんで文豪の名前にせんかったん?」
両親は、大学の文芸サークルで知り合ったのがキッカケで結婚した同級生同士だ。
現に実篤を筆頭に、我が子らの名は三人とも名だたる作家たちの名前から取られている。
そんな両親なら、猫にだって夏目漱石の『吾輩は猫である』なんかに託けて、そう言う系の名前を付けたって何ら不思議じゃなかったはずだ。
実篤からの至極もっともな質問に、母親があっけらかんと答えた。
『動物はねぇー、食べ物の名前三文字で名付けると長生き出来るんと〜』
どこから聞き齧ってきた情報かは知らないが、一部の飼い主たちの間でまことしやかにそんなジンクスが流れているらしい。
『嘘かホンマかは知らんけどね、あやかるぐらいはえかろぉ?』
両親が声をそろえてそう言うので、実篤は「そうじゃね」と答えておいた。
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