8.バレンタインデー

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*** 「明日、お休みじゃったら()かったですね」  ゆっくりできないのは残念だと言外に含ませながら、くるみが綺麗なリボンの取り付けられた紙袋を手渡してくれた。  実篤(さねあつ)はそれを受け取りながら「本当(ほん)にそれっちゃ」と眉根を寄せる。 「……えっと、それ、バレンタインデーの……です」  本題はそっちだろうに、くるみが照れ臭そうについでみたいにポツンと付け加えるから、実篤まで何だかあてられて恥ずかしくなってしまった。  まるで中学生同士の初々しいバレンタインみたいなやり取りが、ガストンの駐車場の片隅――奥まった一角の外灯下――で繰り広げられている。 「中、見てもいい(ええ)?」  それは実篤の手のひらに載るぐらいの小ぶりな紙袋で、大きさの割に結構軽め。  雰囲気的に中身はパンかな?と思った実篤だ。  くるみがコクッと(うなず)いたのを確認して、実篤は綺麗な赤のチェック柄マスキングテープで留められた封を()いて中を覗き込んだ。 「あ、あの……か、変わり映えがせんのんですけど……うちが初めて実篤さんに食べてもらったの(もろうたん)がそれじゃったけぇ」  くるみが言った通り、中には二人の思い出の品――甘さ控えめなビターチョコ入りの大人向けチョココロネ――が一つ入っていた。 「ホンマはもっと一杯入れた方がええかな?って思うて……。三つ、四つ包もうかとも思うたんです。じゃけど――」  実篤と付き合っていく中で、彼が甘いモノが余り得意ではないと知ったくるみだ。  クリノ不動産に出向いた際、実篤は従業員用にチョココロネを沢山買ってくれるのを常とはしているけれど、必ずそれとは別に自分用の惣菜パンをいくつか購入するのを知っている。 「沢山(えっと)あったら実篤さん、食べるんに困ってしまいそうですけぇ」  そんなことはないとは思うけれど、もしかしたら従業員の誰かにあげてしまう可能性だって無きにしも非ずだ。  確実に食べてもらうならひとつだけに限る。  くるみはそう考えたのだと言う。  実篤はくるみの言葉に思わず笑わずにはいられなくて。 「くるみちゃん、俺のこと把握しすぎじゃろ。照れるわ」  それが、凄くくすぐったくて嬉しかった。
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