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「もぉ! 実篤さん、うちの話、聞いちょりますか?」
クイッと、コートを羽織った腕を引っ張られて、実篤は慌ててくるみに視線を合わせた。
「あー、ごめん。くるみちゃんがあんまり可愛いけん、見惚れちょった。――で、何て言うたん?」
ぼんやりしていたあまり、思わず本音をポロリとこぼしたら、見る見るうちに真っ赤な顔になったくるみから「いきなりそんとな不意打ち……ずるい」とつぶやかれた。
それがまた悶えたくなるくらい可愛くて。
「あー、もう我慢出来んっ」
言うなり、実篤はくるみをギュッと腕の中に抱き締めた。
「ひゃっ! 実篤さっ、ここ外っ」
園内には美しい梅の花々が、所狭しと咲き乱れている。
それをお目当てに、結構な数の人々が梅を見に吉香公園を訪れていた。
日本三名橋のひとつ、錦帯橋と、山城である岩国城に挟まれる立地条件の吉香公園には、季節を問わず観光客が訪れる。
だがやはり園内の花々――桜や梅やツツジ、花菖蒲など――が見頃を迎えるシーズンは、何もない季節より人出が多い。
その人たちの視線を気にしてくるみがソワソワと身じろげば、実篤は「悪いけどそんとなん気にしちょる余裕ないわ」とぼそりとつぶやいた。
「きっ、気にしてくださいっ」
くるみが懸命に実篤の胸元。抱きしめられているためどこかくぐもって聞こえる声で抗議したけれど、実篤はお構いなしな様子でくるみを腕の中に閉じ込めたまま。
身の内を滾る激情を持て余したみたいに小さく吐息を落とした。
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