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「ホンマ、このクソ忙しい時期に申し訳ない!」
朝礼が終わるなり、「すまんけど今日は夕方に用があるけぇ少し早めに帰らせてもらいたいんじゃけど」と思いっきり頭を下げた実篤に、従業員の皆はいつも実篤がバレンタインデーの日にしたように気遣ってくれる社長だと言う恩義もあってだろう。
「……何を気にしちょってんか知らんですけど、私ら社長が思うちょってよりよっぽど優秀ですけぇね? 社長がちょっとぐらいおらんなったけぇって業務に支障なんてきたしたりせんですけぇ安心して早よぉ帰って下さい。たまにゃあ恩を売らしてもらわんと売られるばかりじゃも気持ち悪いですし。ドーンと来い!です!」
父・連史郎が社長を務めていた頃からクリノ不動産で働いてくれている古参の野田がそう言ったら、他の従業員たちも口々に賛同してくれて。
結果、昼過ぎには事務所から追い立てられてしまった実篤だ。
「いや、俺、ホンマ定時ぐらいまでなら……」
さすがにそれは早すぎるじゃろ?と思って。夕方まではおるよ?と言い募ろうとした実篤に「はぁ!? それじゃあ早よぉ帰る事にならんでしょうが!」とこれまた野田の叱責が飛んできて。
「そうだ! そうだ!」と総務の田岡が野田を援護射撃する形で背中をグイグイ押してきて、予定より半日も早く退社させられてしまった。
*
結局空いた時間で一旦自宅に戻って風呂と着替えを済ませた実篤は、スーツもクリーニング済みのいつもよりフォーマルなものに着替えてから、自宅で待機してくれているはずのくるみに恐る恐る電話を掛けてみたのだけれど――。
「くるみちゃん、予定より大分早いんじゃけど……迎えに行ってもええ?」
その頃には時刻は十五時過ぎを指していた。
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