9.ホワイトデーと…

6/15

898人が本棚に入れています
本棚に追加
/470ページ
 くるみは毎朝四時前からパンを焼いたりして仕事を始めている。  移動販売車『くるみの木号』でパンを売り歩いて、パンが売り切れたら店じまい、が基本。  大抵はお昼時が一番の書入れ時で、十四時(にじ)を過ぎる頃には帰宅しているらしいのだが。  終わり時間が定まっていない分、もしかしたらまだ出先かも?と懸念した実篤(さねあつ)杞憂(きゆう)を吹き飛ばすみたいに『今日はあっという間に売り切れたけぇ、もうバッチリスタンバイOKです!』とくるみの弾んだ声が返る。  本当はくるみとの待ち合わせは十八時(ろくじ)だったので、三時間も早く電話を掛けたことになったのだけれど。  くるみはそんな実篤に『約束と違います!』とか不平不満を言うことなく、むしろ大喜びで早めの迎えを歓迎してくれて。 (ホンマ、良い(ええ)子じゃのぅ)  実篤は改めてそう実感させられる。  くるみは自分にはもったいないぐらい出来た女の子だ。 (ホンマに……そんなくるみちゃんの相手が俺でええんじゃろうか)  ふと不安になって、実篤はポケットの中に入れた小さな箱を握りしめずにはいられない。  今日はホワイトデーだ。  バレンタインデーのチョココロネのお返しには少し重過ぎかもしれない。  でも……。  お日柄だって悪くないし、何だかんだで曖昧に意思表示をしてから三か月近くが経ってしまった。  くるみは同窓会があったあの年末、実篤が結婚を申し込んでくれるのを待っていると話してくれたではないか。 (頑張れ俺!)  今日、実篤はくるみにプロポーズをする予定だ。    時間つぶしも兼ねて、予約したレストラン近くの吉香(きっこう)公園で、梅の花を見ながらやたらソワソワしてしまっていた理由が正にそれなのだけれど……。  ヘタレわんこだって決める時は決める!……はず。
/470ページ

最初のコメントを投稿しよう!

898人が本棚に入れています
本棚に追加