9.ホワイトデーと…

8/15

898人が本棚に入れています
本棚に追加
/470ページ
***  フレンチのコース料理を頼んだはずなのだが……。  実篤(さねあつ)は情けないぐらいテンパり過ぎて何を食べたのかさっぱり覚えていなかった。 「ババ・オ・リュームでございます」  コトリと(かそけ)き音を立ててデザートの載った皿がくるみと自分の前に置かれる。  店員の説明によると、〝ババ・オ・リューム〟は煮込んだラム酒とシロップに、スポンジケーキを漬け込んで作るデザートらしい。  今目の前にあるババ・オ・リュームとやらは、しっとりとしたスポンジケーキの上に、バニラビーンズが練り込まれた生クリームがたっぷり乗っけられて、更にそのクリームの上に鮮やかな色合いの、細切りにされたオレンジピールが数本あしらわれていた。  それだけでも美味しそうに見えたのだが、トドメのようにくるみと実篤の目の前で、小さなガラス製のミルクピッッチャーから琥珀色の液体がタラリと回しかけられたからたまらない。  どうやら中身はラム酒みたいで、ラム酒特有のカラメルを焦がしたようなとした甘い香りがふたりの鼻腔をくすぐる。 (っていうかもう(はぁ)デセール(デザート)なん⁉︎)  いつの間にそこまで来た!?と思ってしまった実篤だ。  ここまでの料理を、くるみは美味しく食べられただろうか。  実篤は、情けないことに何を食べたのかほとんど記憶にないし、もっと言うとやたらと酒ばかりが進んでしまっていた気がする。  日頃飲みつけないワインは、しかしこれもまた味がしないばかりかちっとも酔わせてくれなくて。  実篤、ここまでの道中はくるみを家まで愛車で迎えに行ったし、もちろん吉香(きっこう)公園近くの駐車場までだって車で来たのだから本当は飲んではまずかった。  だが、素面(しらふ)のままプロポーズに(のぞ)めるほど神経が図太くなかったのだから仕方がない。 (帰りは代行タクシーでええわ)  などと席に着くなり早々に見切りを付けてしまった。
/470ページ

最初のコメントを投稿しよう!

898人が本棚に入れています
本棚に追加