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(え? まさか……トイレ!?)
緊張の余りもよおしてしまったのだろうか。
思えば実篤。今日はデートの間中ずっとソワソワと落ち着きがなかったではないか。
まくし立てるようにくるみにプロポーズをしてくれたけれど……それで緊張がピークに達してしまったのかも知れない。
せめて自分が彼のアプローチへの返事をするまでくらい我慢して欲しかったけれど、もしもトイレなら生理現象だ。
くるみは大人しく待つしかないと思って。
小さくコクッとうなずいたら、実篤はそれを確認するなり慌てたように走って行ってしまう。
しかもトイレの方ではなく、店の出入り口すぐのところに置かれたコート掛けに向かって、彼の上着を掴むから。
(えっ!? うち置いて行かれるん!?)
さすがに不安になって、思わず立ち上がってしまったくるみだ。
そんなくるみに、そこここから皆の視線が集まる。
くるみは自分に集中する好奇の視線にさらされて、どうしたらいいのか分からなくなって、中腰のままうつむいた。
その瞬間、極限まで目に溜っていた涙がポロリとテーブルクロスの上に落ちて。
(実篤さんっ、うち、うち……)
座ることも立つことも出来ないまま。くるみは一人、いたたまれない気持ちで一杯になった。
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