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「社長ぉ~。それ、公私混同、職権乱用、パワハラも甚だしいですけぇね?」
途端情けない顔をして訴えてきた宇佐川に、「バーカ。冗談に決まっちょろーが」と返しながらも冗談どころかバリバリの本心。心中穏やかならずだったのはここだけの話。
「もぉ、そんなに心配せんでも。誰がどう見ても木下さんは社長に夢中ですけぇね?」
宇佐川と同じく営業で、長年付き合ってきた彼女と二月に式を挙げたばかりの井川が、苦笑しながらそんな男達二人の間に割って入る。
新婚の強みなのか何なのか、やたら余裕ある態度に、思わず圧倒されて押し黙った二人だ。
「駐車場んトコで二人並んで仲良ぉパン売ってらっしゃるの見よったらイヤでも分かりますいね」
井川に太鼓判を押されて「それじゃったらええんじゃけど」とほうっと吐息を落とす実篤に、「ええ大人の男が何情けないこと言うちょるんね。ドーンと構えちょきんさい!」と野田が背中をバシバシ叩いてきて。
「それで式はいつになさるんですか?」
すぐさま、まるで皆の気持ちを切り替えるみたいに発せられた野田の言葉に、出来れば従業員一同総出で祝いたいのだと口々に皆から言われて、実篤は胸が熱くなって鼻の奥がツン、と痛んだ。
涙腺が緩みそうになるのを瞬きの回数を減らして誤魔化しながら、「十一月二十二日――良い夫婦の日にしよう思ぉーて式場押さえちょるんじゃけど」と壁にかかったカレンダーを眺める。
とはいえまだそれは今月――四月のものなので、数枚めくらないと十一月は見えない。
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