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「台風がくるんは夕方からじゃって話ですし、お昼過ぎまでなら大丈夫かなぁって思うて。じゃけ、それまではって思うちょります」
そう答えたら、「頼むけん、無理はせんで?」と抱き締められた。
そっくりそのままその言葉を彼に返したかったくるみだけれど、一人親方みたいに自分だけで動いているくるみと違って、実篤には抱えている従業員らへの責任もあるから。
「実篤さんも……今日は残業とかなしですけぇね?」
くるみはグッとこぶしに力を入れて、何とかそう告げるに留めた。
くるみだって、いま不動産業界が繁忙期なのは知っている。
でも、台風が来る今日のような日ぐらい、定時で店じまいをして早めに帰って来て欲しいと願ったって、きっと許されるよね?
本当に言いたかった言葉をグッと飲み込んだくるみに、実篤が「うん。なるべく早よぉ帰ってくるけんね。くるみちゃんは家でおとなしゅう待っちょって?」と腕に力を込める。
「……実篤さん。分かっていらっしゃると思うけど……うち、一人は不安なん……。じゃけぇ……」
実篤の腕の中、くるみが実篤の顔を見上げて色素の薄い瞳をゆらゆらと揺らせるから。
実篤はそんなくるみに口付けを落とすと、
「残業はせん。約束する」
そう言ってくれたのだった。
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