終章.最上級の愛をキミに

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 仏壇下方に付いている膳引(ぜんびき)――薄い板状の引き出し――を引き出した上には、白いお皿に載せられた、ビターチョコ入りの巻貝みたいなチョココロネがふたつ。  くるみが新しく出来たばかりの厨房で……真新しい調理器具に囲まれて一番最初に焼いたのは、実篤(さねあつ)との思い出の品――大人のお味を目指した菓子パンシリーズのひとつ、チョココロネだった。  甘さ控えめ。  大人のための『くるみの木』特製チョココロネ。  それは、甘いのが苦手な実篤でも美味しいと思えた、唯一の菓子パン(チョココロネ)だ。 「実篤さん、甘いん苦手なのに(なんに)……うちが自信満々にコレをお礼じゃ()うて差し出したら嫌な顔ひとつせんと頭から思いっきり豪快にかぶり付いてくださいましたいね?」  あの時、くるみは実篤のことを〝運営さん〟と呼んでいた。 「うちもチョココロネを食べるんは頭から派じゃって告白して……そこでやっとお互いの名前を名乗り合いましたっけ」 「そうじゃったね」  あの日、実篤はくるみのくっきりした二重と、大きくてくりくりした茶色い瞳(アンバーアイ)にときめいて。  一目惚れするような年齢(とし)じゃないじゃろ!と自分をいさめたことをつい先日のことのように覚えている。 「俺はくるみちゃんに出会ったあの瞬間から、恋に落ちちょったんよ」  今だから言える。  恥ずかしくて誰にも明かせるわけがないと思った、そんな気持ちも。  目の前にいるくるみのお腹を(いた)わるようにそっと彼女を抱き締めたら、腕の中でくるみがクスッと笑って。 「ごめんなさい。うちはまだそん時、頼り甲斐のあるお兄ちゃんが出来たぁ!くらいにしか思うちょりませんでした」 「うん、分かっちょる」  岩国祭(であい)のあった十月中旬からおよそ一年以上。  実篤はくるみにその気がないのを知っていて、ただただ兄として……よき隣人として彼女との友好を深めて。  月が綺麗ですね、とくるみから言ってもらえるに至る翌年の九月までのおよそ一年間。  何の進展もないままに日々を過ごしたのだ。
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