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一度は解いたはずの手を、再度実篤にギュッと握られた上に見詰められて。
つい何の脈絡もなく「月が綺麗ですね」なんて昔の文豪の言葉を借りて愛の言葉を囁いてみたのだって、そうやってどうにか吐き出してしまわないと、気持ちが溢れて止まらなくなりそうだったから。
ああ、でもまさかっ!
実篤がその言葉の意味を正確に受け取ってしまうだなんて、くるみには全くもって想定外だった。
でも、考えてみれば文豪の名前を付けられているような男なのだ。
分からない方がおかしかったではないか。
「月が綺麗ですね」
――あなたのことを愛しています。
「くるみちゃんと見る月じゃけぇ」
――キミとおると幸せじゃけぇずっと一緒におりたい。
実篤からの返しをそう解釈してしまっていいものかどうか戸惑って、ビクッと震えて彼を見上げたら、実篤が「キミのことが好きなんよ。もし嫌じゃなかったら、俺の彼女になってくれん?」とより直接的で明確な言葉をくれた。
くるみは、嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだ。気が付いたら感極まって涙がポロリと落ちてしまうくらいに。
そんな、満月の夜の――。
実篤は出来事の全貌を知らない、くるみの心の中だけのこぼれ話。
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