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追想
いつも胸を締め付けられる光景がある。
遠い夏の日のことなのに、それはまるで昨日のことのように鮮やかに蘇り、嫌というほど痛めつけられた胸を、さらに新たな刃で引き裂こうとする。
もしも運命を変えることが出来るなら、どんな手段を使っても彼を引き留めておくものを。けれど、いつだって自分は傍観者でしかない。同じ悲劇が繰り返されるのをどうすることも出来ず、ただ見守っているしかないのだ。
そして────
彼はやって来る。勇ましい甲冑姿で、涼しげな笑顔を隠そうともせずに。その姿は、まだ十二歳の少年の目にはとても立派に、また誇らしく映った。
先祖伝来の銀の甲冑の上で、亜麻色の髪が太陽のように輝いて見える。ジュルク隊長を従えて、見送りにきた妻と一人息子の方へ歩み寄ったフィデリオ王は、出陣前にもかかわらずいつもの穏やかさを失ってはいなかった。
「ご武運を心よりお祈り申し上げます」
そう言って頭を垂れる王妃に、王は深く頷いた。
「そなたも体に気を付けよ。城のことはそなたに任せたぞ」
それから、息子の方を振り向いて、
「お前もな、ラウルス。母上のことを頼んだぞ。ガランテのタレスなど蹴散らして、すぐに戻ってくるよ。帰ったら、そうだな。一緒に鹿狩りにでも行こうな」
「本当ですか?」
たちまち王子は目を輝かせる。もちろん、その約束が果たされることはなかったのだが。
「いってらっしゃい、父上。母上は僕がお守りします。ですから、父上は心置きなく存分にタレスと戦ってきて下さい」
「あぁ。頼んだぞ、ラウルス」
フィデリオ王は微笑んでみせ、息子の肩に手を置いた。それから従者が連れてきた軍馬にまたがった。片手をあげて家族への最後の挨拶を送ると、数千騎の先頭に立ち、勇ましくときの声をあげる兵士たちと共に旅立っていった────カーナムの地へ。
これが父と子が交わした最後の会話となった。
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