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もちろん、幸せに抱かれる夜もあった。
二人での暮らしが日常になっていっても、怜が私を求める頻度が極端に減ることはなかった。
毎度恥じらいを見せる私を、怜はとても丁寧に扱ってくれた。
可愛いよ、綺麗だよ。耳元でそう囁かれるだけで、身体の奥の奥が疼いた。怜が私の中に入ってきた時、その疼きは加速し、そしてじんわりと溶け出していく。
まるで、世界が私と怜だけのものになってしまったような気がした。頭がおかしくなるくらい、幸せだった。
でも今日は、怜と向き合うことができない。
別れたいことを初めて聞かされた時のように、私の身体は石になった。
冷たくて、硬い。
怜が、私の長い髪の毛のほんの一束を、そっと指に取った。
怜は今何を考えているのか、やっぱり気になってしまう。
「…本当に、別れるんだよね。私たち」
口が、勝手に動く。抑え込もうとしていた気持ちが、溢れ出そうとしている。
もう、私の身体はばらばらになりそうだった。それを繋ぎとめる方法は、一つしかない。
私には、怜しかいない。
怜を失ったら、私は、どこに向かって歩いていったらいいのだろう。いい年した大人が何を、と思われるのかもしれない。けれど、気分は本当に迷子のようだった。
一歩間違えたら、奈落のような場所に落ちてしまいそうだった。そしてそこから永遠に出てこれないような気さえした。
「…ごめん」
その言葉は、もう何十回と聞いた。聞くたびに、ずるい言葉だと思った。
謝られたら、もう何も言えない。責めたいのに、責められない。そして謝ったからと言って、状況が良い方向に変わるわけでもない。
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