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けれどその当たり前は、私だけの思い込みだった。
私が変わらない日常の中に浸かりきっている間、怜は、私からどんどん離れていた。知らない間に、すれ違いが生まれていた。
カバンの中から鍵を取り出した自分の手が、ほんの少し震えている。ぶら下がっているペンギンのキーホルダーは、怜の鍵にも同じものがついている。いつだか一緒に水族館に行った時、お土産として買った。
その鍵も、明日の朝、きっと返されるのだろう。
別に返さなくてもいいよ。そんな風に言うことも、きっと赦されない。
「ただいま」
いつものように、怜が呟く。
ドアを開けた先の部屋は、以前よりもすっきりとしていた。怜の荷物が粗方運び出された後だからだ。と言っても怜が持ち出すものはあまり多くはなく、たったの段ボール二箱分で収まってしまった。
二年もここで、一緒に暮らしていたのに。確かな重みが、この部屋にはあるはずなのに。だからこそ私の心は、未だに現実を受け入れきれていない。
「ただいま」
いつものように、私は呟けただろうか。恋人として一緒に過ごせる時間が、こうしている今も刻一刻と減っていく。
二人の余命、恋人関係という名の余命が、ゼロに近付いていく。
右手の中の鍵を、私は無意識のうちに強く握りしめていた。ペンギンのくちばしが、ぎゅうぎゅうと手のひらに食い込む。痛い、と思ったけれど、こんなの、大した痛みじゃない。
怜と別れることと比べたら、どんな痛みも、些末なものに思える。
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