命尽きるまで

4/13

23人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 けれどその当たり前は、私だけの思い込みだった。  私が変わらない日常の中に浸かりきっている間、怜は、私からどんどん離れていた。知らない間に、すれ違いが生まれていた。  カバンの中から鍵を取り出した自分の手が、ほんの少し震えている。ぶら下がっているペンギンのキーホルダーは、怜の鍵にも同じものがついている。いつだか一緒に水族館に行った時、お土産として買った。  その鍵も、明日の朝、きっと返されるのだろう。  別に返さなくてもいいよ。そんな風に言うことも、きっと赦されない。 「ただいま」  いつものように、怜が呟く。  ドアを開けた先の部屋は、以前よりもすっきりとしていた。怜の荷物が粗方運び出された後だからだ。と言っても怜が持ち出すものはあまり多くはなく、たったの段ボール二箱分で収まってしまった。  二年もここで、一緒に暮らしていたのに。確かな重みが、この部屋にはあるはずなのに。だからこそ私の心は、未だに現実を受け入れきれていない。 「ただいま」  いつものように、私は呟けただろうか。恋人として一緒に過ごせる時間が、こうしている今も刻一刻と減っていく。  二人の余命、恋人関係という名の余命が、ゼロに近付いていく。  右手の中の鍵を、私は無意識のうちに強く握りしめていた。ペンギンのくちばしが、ぎゅうぎゅうと手のひらに食い込む。痛い、と思ったけれど、こんなの、大した痛みじゃない。  怜と別れることと比べたら、どんな痛みも、些末(さまつ)なものに思える。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加