命尽きるまで

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   長い髪をようやく乾かし終え、洗面所から出る。  出た先、リビングの電気は()いておらず、真っ暗だった。先にお風呂を済ませた怜は、もう寝室にいるようだった。  キッチンの、シンクの真上にある蛍光灯だけを点けると、目線の先にあるリビングが薄闇の中にぼうっと浮かび上がった。人気(ひとけ)がなく、しんとしている。  水が入ったグラスを持ち、今日の出来事を、一つ一つ焼き付けるように振り返る。  怜との、最後のデート。  手を繋ぎ、にこやかに笑い合いながら歩く私たちは、ごくごく普通の、どこにでもいる、けれど確かな幸せの中にいるカップルに、傍からは映っていたのだろうか。翌日に別れを控えているカップルだと、気付いた人は果たしているのだろうか。  何度も、錯覚を起こしそうになった。  本当に私たちは、明日別れるのだろうか。怜は本当に、私から離れたがっているのだろうか。もしくは、付き合う前のあの頃に、時間が巻き戻っているのだろうか。  あの頃二人で行った場所、食べたもの、見た景色。全てがデジャブだった。つまりこれは、もう一度やり直せるチャンスを与えられているということなのかもしれない。   別れが目前に迫ってきていてもなお私は、こんな風に現実から逃げようとしている。直視できないでいる。  でも、怜に本音を言うことも躊躇(ためら)ってしまう。  嫌だ、別れたくない、一緒にいたい。  けれどそんな風に訴えれば訴えるほど、怜の気持ちはますます離れていってしまうような気がした。  だから物分かりのいい振りをして、静かに別れを受け入れた。  別れることよりも、怜に嫌われることのほうが、よっぽど怖くてたまらなかった。  心を落ち着かせるようにして、グラスの水を一息に飲み干す。そして私は、寝室に向かった。  このまま、永遠に夜が続けばいいのに。朝なんて来なければいいのに。そう思いながら。
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