序章

1/5
64人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ

序章

 魔女は美しい。魔女は賢い。そして魔女は、不老不死だ。人とは生きる時間が違う。  永遠の時を生きてきた魔女は、きっと今までにたくさん寂しい思いをしているんだろうな。だって、もし好きな人ができても、この世界に自分だけ取り残されちゃうじゃあないか。何度も何度も好きな人と死に別れなくちゃいけないなんて、そんなの可哀相だ。  魔女は僕なんかよりも、ずっとずっと可哀相で――安心する。 「――アル! アレクシス!! 何をしているの、早く井戸水を汲んできなさい! 可愛い弟のために働こうという気はないの!?」 「……はーい、母さん。行ってきまーす」  母さんにどやされて、バケツを手に裸足のまま家の外へ飛び出した。  僕の名前はアレクシス。ただの村に生まれた、ただの子供。たぶん12歳くらいだけど、あまりご飯をもらえずに育ったから……村の他の子たちと比べると細っこいかも。骨と皮って、きっと僕のためにある言葉だ。油でカラッと揚げてせんべいにしたら、いいおつまみになるんじゃあないかな。  僕は父さんと母さんの子のはずなのに、どうしてか2人に似なかった。  家族は全員黒髪なのに、僕だけ真っ白なんだ……変だよね。いつも帽子を被って隠さなくちゃいけないのは面倒くさいけど、でも隠さなきゃ「気持ち悪い」っていじめられちゃうから仕方がない。  村の人から変だ、呪いだって嫌われちゃって、父さんたちは僕のことが煙たくて仕方がないみたい。なんだか迷惑をかけちゃって申し訳ない気持ちはあるけれど、でも僕だって好きで白髪に生まれたわけじゃあないしなあ。  どこか遠くへ行こうにも、子供の僕じゃあどこへ行けば良いのかすら分からないよ。  ――しばらく走ると、村の井戸についた。井戸の周りには洗濯をしている女の人がたくさん居たけれど、僕の姿を見るなり皆どこかへ行っちゃった。  近付いただけで呪われるって思われているんだから、仕方がないね。それを信じる子供たちは、遠くから石とか泥とかを投げてくる。でも僕は、卵を投げられるのが一番嫌いかなあ。食べ物を粗末にするのは嫌だし、怪我はしないけど匂いがつくから……僕はお風呂にもなかなか入れてもらえないしね。  井戸のロープを掴んで、頑張って水を汲み上げる。  ただでさえボロボロの手が縄で擦れて、せっかく止まっていた血がまた出てきた。でも頑張らなくちゃ、弟のジェフリーが熱を出してずっと寝込んでいるんだよ。  ジェフリーはもう、1週間は熱が下がらずに苦しそうだ。村には薬師のおばあさんが居るけれど、『魔女の秘薬』でもなければ治せないひどい病気なんだって。父さんが『魔女』を探しに行ってから3日が経つ。……でも、魔女なんてどこに居るんだろう。  このままじゃあジェフリーが死んじゃう。ジェフリーが死んじゃうと、きっと呪われた僕のせいだって怒られちゃうだろうし――早く魔女が見つかると良いなあ。  気付けば、痛いとか悲しいとかそういうのはもう、よく分からなくなっちゃった。でも怖いものはある。  どうせ僕は、ここで生活を続けていたら大人になれずに死んでしまうと思う。食べられるご飯も少ないし、いつ病気になってもおかしくないし……当たりどころが悪い時には、ただの石でも血が止まらなくなることだってあるし。  このまま死んでしまったら、僕は「愛」を知らずに終わる――それだけが怖いんだ。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!