ペペロンチーノ・オリジン

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ペペロンチーノ・オリジン

昨日と同じ今日 今日と同じ明日 そうやって続いていく世界が地獄でしかなかった 苦痛でしかなかった _____地獄だ、こんな世界。 「どうして?どうしてそう思うの?」 舗装もされていない地面に置かれたおおよそゴミとして積まれたであろう幾つものタイヤの上に座り、澄んだブルーの瞳でこちらを覗き込みながら聞いてくる男の子、ルーク。ルーク・ヴァーミリオン。 この地域は富裕層と貧困層の差が大きく、彼は特に貧しい地区に住んでいる。 対して私はこの地域を纏めている一家の一人っ子として生まれた御曹司であり、次期当主である。 「だって、どこにもいけないし、私は後を継ぎたくない。私には無理だもん。でも逃げれば怒られる。だから地獄なの。」 悲しくはあるが、しかして胸を張ってそう答える。 今思えば私はまだ11歳にして自分の天命を悟っていた。悟らざるを得なかったのだと思う。 「でもこうやっていつも来てくれるじゃん。」 そう言いながら今日私が持ってきた、正確にはくすめてきたチョコレートケーキを片手で頬張り幸せそうな顔をする。 毎週水曜日の14時~16時は屋敷から人がいなくなり実習となる。 その時間を見計らって屋敷から抜け出しルークの家までやってきているというわけだ。 彼の親もこの時間はいつも家にいないらしい。 「今日のもうんめぇ~~」 私が生きてきた人生の中でこんなに幸せそうにするのは彼だけだった。 私が学業で満点を取った時も、習い事で合格を果たした時も、屋敷に住む誰かが誕生日を迎えた時だって、自分の周りの人がそんな顔をしたことなどなかったのだから。 そもそも誕生日に祝い祝われるなどということ自体彼から聞いた話しなわけで・・・。 デイヴィス家は自身や他人の幸せなどどうでもいいのだろう。 「そう、それならよかった。」 そう答えながらポケットからハンカチを取り出しルークの口横についたチョコをふき取ってあげる。 実を言うと別段貧しい彼に美味しい食べ物を持ってくることが目的ではない。 自分が将来当主を継ぎたくない、継げない理由でもある。 たぶん普通の人と趣向がちょっと違うのだ。 そんなのを抜きにしたってあの屋敷にいるのは御免だけれど。 彼といるのが楽しい。 彼といるのが幸せ。 きっと彼のことが好きなんだ。 「でも俺はお前と喋るのが楽しいからこの時間が楽しみだけどな!」 そんな気を知ってから知らぬか、彼はニッと笑いながら快活にそう言う。 「ここにいるのが嫌だったら~、俺と一緒に行くか?」 「へ?どこに?」 「どこかは決めてない!ただ、大人になったらここを出て旅するんだ俺。だから、ここが嫌だったら俺と一緒に来るか?」 いま思えばそんなのただの告白じゃない。 そういう意味じゃないことくらい分かるけど、そこにあるのが善意100%だからなお憎いわよ。 「それもいいかもしれない。」 「じゃあ仮メンバーで登録しとくな!」 どうせ無理なのだ。そんな後ろ向きな気持ちを隠してふわっと答えれば、彼は無理に誘うでも誘いを下げるでもなくそう答える。 そうまでする義理は彼にはないというのに。 出会った日だってたまたま屋敷を抜け出した時にガラの悪いやつらに絡まれている私をルークが助けてくれたわけで、私が彼になにかをしたわけでもない。 そんなことに思いを馳せていてば、ふいに彼は手を広げ空にかざす。 彼の左手中指につけられた指輪が日に照らされ中央のピンクの宝石がキランと輝く。 「それは宝物だっけ?」 「そーだよ。お守り。小さい頃に旅に出たばあちゃんから貰った。いろんなことから守ってくれるって言って、その時に約束したんだ、俺も旅に出るって。」 その時私が感じたのは、凄いでも綺麗でもなく、感動もなく、人の喜びに共感するわけでもなく。 ただただ“羨ましい”だった。 つくづく汚れた性格だと思う。 それと同時に憐みにも近い感情が湧き上がる。 きっと彼が旅に出れることはない。 理由は簡単、そんな裕福なことは言えないほど貧しいからだ。 彼がそれを語ったことは一度たりともなかった。 ぼろ布のような服を着て、廃屋のような家に住む彼がその夢を叶えられないであろうことは簡単に想像できた。 ______まぁ、夢は語るものであって叶えるものじゃないから。 そんなこんなしていれば時間になり屋敷に戻る。 そんな日々が1年ほどは続いた。 小さい頃から器用で頭のキレる私はバレることなくこの日々を続けた。 生まれてこれまでで一番楽しい時間だった。 ただ沸々と、なんでこんな貧富の差があるのだろうか。 なんで会いたい人と会うのにも隠れなくちゃいけないのか。 なんで私は自由に生きれないのか。 私はまだいい、どうせ諦めているから。 なぜ彼は、旅に出たいという立派な夢を持つ彼が、貧困という理由なんかで夢を潰されなくてはいけないのか。 そして私は“その理由”を知った。 自習から抜け出し外へと向かおうとした私は、父上と母上、数人の家来の声を聞いた。 危ない、もう少しで見つかるところだった。 真面目にやっていて失敗してもあれだけ説教され、簡単に体罰など行うのだ。 サボろうとしたなどバレればどんな制裁が下されるか分かったものではない。 思考を戻し冷静になる。 さて。どうして予定を変更してまだ屋敷にいるのだろうか。 安全を期すならこっそりと自室に戻るべきだ。 しかし、圧倒的に好奇心が勝る。たとえ危険でもそういう人間なのだ、私は。 息を殺し耳を立てる。 _______ ッ!!! そこからは意識せずとも呼吸が止まった。 あいつらの話していることが一語一句鮮明に、かつものすごい速度で頭の中で整理されていった。 『ヨハン・ヴァーミリオンが足を怪我してしまいました。当分は使い物になりません。』 『奴隷の一人が潰れたくらいどうってことない。そんなことよりも奴隷どもから取り上げる金を吊り上げろ。連帯責任を課せば少しは良くなるだろう。』 『いえ、ですが貧困層は既に搾り取るには限界に近く、これ以上の搾取はさすがに危険です。』 『であれば今まで見過ごしてきた子供を奴隷に加えればよろしいかと。とりあえずは、ヴァーミリオン家の息子を代わりに奴隷として従事させるのはいかがでしょうか。』 『それは良い案だ。子供がしっかりと育てば将来役に立つからな。』 『かしこまりました。すぐにヨハンの息子、ルーク・ヴァーミリオンを準備して参ります。』 沸々と奥底で溜まっていた何かが膨大に膨れ上がっていく。 怒り。 親に対する憎しみでもない。 貧困層に対する憐みでもない。 ルークのための優しさでもない。 それは、純粋な感情の奥底から湧き出る“怒り”だった。 _____そんなことだろうと思った。 あふれ出る激情に身を浸しつつも、私の頭は妙に冷静だった。 考えないようにしつつも、“もしもそうだった”ときのことを自然に考えていたのかもしれない。 ドクンッ。 それに呼応するように身体中に力が迸る。 視界はチカチカと明滅し、赤色に染まる。 ドクンッ。 あいつらが私を見てなにかを喚いている。 でももう関係ない。 聞こえないし、聞きたくもないし、聞く気もない。 そして不意に理解する。 私はいま必要な力を、今まさに使えるようになったと。 こいつらがいる限り、この家系が続く限り、この家がある限り、なにも変わらない。 変えられないならそれでもいい。諦めるしかないから。 でも、変えれるんだとしたら変えるべき。 これは優しさでも、憐みでも、憎しみでもなんでもない。 ただの怒り。 自分の家族がした付けくらい自分が持っていきましょう。 宙空の至る所にドロリと赤い血のような染みが現れる。 もう一度殺意をあいつに向ければ、血のような染みから鋭利な刃物がついた赤い鎖が幾つも現れそこに赤い花を咲かす。 そのまま、幾つもの花を咲かせた。 真っ赤に、真っ赤に、真っ赤に、屋敷を綺麗さっぱり真っ赤に洗い流した。 外がやけに騒がしい。 それでも関係ない。最後に自分の周囲に無数の赤いシミを作る。 自分で選べてなんて贅沢なのだろうかなんて、そんな感情を抱きながら、周囲の染みから鎖の先が現れる。 自分自身に向けて、全てを終わらせるために。 しかしそれは叶わなかった。 荒々しく突入してきた数人の人に阻止された。 話しは分からないけれど私を保護するとかそんな話だということは理解できた。 抵抗はしなかった。 なるようにしかならない生だもの。 ただ彼らの話の中で唯一ありがたかったのは、この町で起きたことを情報を改ざんして別のことにすり替えるという話しと、元より私がいなかったように改ざんしてくれるという話しだ。 私にぴったりの最後。 バタンッ!!!! 荒々しく開かれた扉から息を切らしながら現れたのは一人の少年、ルーク。 「ッ!大丈夫か!」 “大丈夫か”こんな状況で飛び込んできて、言うのがその言葉。 なぜだかおかしくて笑ってしまった。 力の入らない私は返事の代わりに小さな笑みを作る。 案の定すぐにまわりの人たちに取り囲まれた。 それがいい。 屋敷にいる十数人を皆殺しにするような“普通じゃないやつ”に、あなたが近付くべきじゃない。 「私は行かないといけないの」 ただ一言、そう告げた。 彼にどこまでそれが伝わったか分からないが、彼は周囲の人を振り払うと私のほうへと駆けだした。 「待ってよっ!エドッ!!!!」 ____エドモンド・デイヴィス 私の名前。 私の忌み嫌う名前。 私の好きな人が呼んでくれていた名前。 もう使わなくなる名前。 たった今捨てた名前。 言葉を紡ごうと走ってきた彼はしかし私の手前でプツンと糸が切れたように倒れた。 唐突に気を失った。 その瞬間なにかがキランと光った気がしたが、気のせいだったのだろうか。 周りの人に厳重に連れられて行く。 「あなたと出会えてよかったわ、ルーク。 できることなら、幸せになってね。」 ____なんて、人の幸せを願っていい立場じゃないわよね。 自嘲気味に笑みをこぼしてこの場を去った。 朝の陽ざしが窓から差し込む室内でティーカップに注いだ紅茶を啜りながら左手中指に嵌めたピンクの宝石の指輪を見やる。 あの後、私のポケットから出てきた彼の指輪。 UGNの記憶改ざんによって彼はもうあの事件のことも、私のことも覚えていない。 あの街から私は消えた。 私はこの世から消えた。 そのはずだったのに。 「もぉー、これじゃまるで運命の人みたいじゃないの。憎いわ。」 ふっと自嘲気味な笑みを作り紅茶を啜った。 「さてと、そろそろ行こうかしらね。」 今日から長期間のFHスパイ任務だ。 絆されないように、情など湧かないように、偽りの仮面を付ける。 「いつも仮面を付けてる私にぴったりじゃない。」 派手なコートを羽織り、口角を上げて外へと歩き出す。 昨日と同じ今日 今日と同じ明日 そうやって続いていく世界が地獄でないとしたら何なのか みなが必死にしがみつく生とはなんなのか _____地獄よ、こんな世界。 私にとってはね。
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