妖怪小話・捌拾 火の車

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妖怪小話・捌拾 火の車

 ガランガラン。  車輪の回る音がする。    ゴオゴオ。  炎が燃え盛る音がする。    地獄の獄卒が引く炎で燃え盛る牛車が、深夜の道をゆっくりと進んでいく。    炎の灯りで睡眠を邪魔された人々が、怒りのままにカーテンを開ける。  しかし、燃え盛る牛車を見た瞬間、すぐさまカーテンを閉じる。  布団に潜り込んで、何も見なかったと言わんばかりに沈黙を保つ。    燃え盛る牛車――火の車は、招かれざる客どころか、触れもしたくない客なのだ。    火の車は進んでいく。    ガランガラン。  車輪の回る音がする。    ゴオゴオ。  炎が燃え盛る音がする。    そして、一つの家に辿り着く。  獄卒は、火の車を止めて、その家のインターフォンを押す。    ピンポーン。    家から返答はない。    ピンポーン。    家から返答はない。    ピンポーン。    家から返答はない。    獄卒は、火の車に用意していた棍棒を取り出し、家の扉へ軽く振り下ろす。    鈍い音が響き、扉がへこむ。  獄卒は、その家のインターフォンを押す。    ピンポーン。   「…………はい」    ようやく、インターフォンを通じて、家の中から反応があった。   「開けろ」    獄卒は、一言そう言った。   「……今、深夜ですので」   「開けろ」    家の中から泣きそうな声の返答があるも、獄卒の行動は変わらない。  声には、有無を言わさぬという迫力が閉じ込められていた。    扉の鍵が開錠される。  おそるおそると扉が開き、一人の人間が顔を出す。  チェーンロックはつけたままで、獄卒に無理やり入られることを警戒している。   「な、なんでしょう……」   「分かれ」    白々しい質問を、獄卒は一言で仕留める。  怯えも。  恐れも。  嘆きも。  獄卒はなにも通じない。  白々しい質問ごときで、現実は変わらない。    獄卒は、懐から一冊の本を取り出し、一つのページを開いて人間に突きつける。   「見ろ」    それは家計簿だった。  収入に対し、遥かに支出が上回る、真っ赤な家計簿。   「お前の家計、火の車」   「ぎゃあああああ! 見ない様にしてたのにいいいいい!!」   「今日から、お前を、管理する。外食も、酒も、煙草も、パチンコも、キャバクラも、全部禁止」   「いやあああああ!! 俺の……俺の人生の楽しみがあああああ!!」    堕落しきった人間を更生させるため、獄卒は今日も働く。  相棒の、火の車と共に。
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