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「…多分、お母さんは家にいないだろうから」 お母さんは仕事をふたつ掛け持ちしている。 私のお父さんが出張する機会が多くなり始めてから、お母さんは私から逃げるように仕事に勤しんでいくようになった。 なんでか、は言われなくても分かる。私がこういう人間だからだ。 努力はしているけれど結果は出せない、そんなちっぽけな人間。 お母さんの期待に添えないような、ダメな人間。 「…そっか。俺もついてくよ」 その声で、私ははっとして考えるのをやめた。 「いや、いいよ…」 「道分かんないでしょ」 確かにそうだ。いくらここから最寄りまで教えてもらったって、ここから私の家までなんてさっぱり分からない。 私がこくりと頷くと、彼は満足げに笑った。 「行こっか」 「ここが昨日会った場所だと思うんだけど」 しばらく歩いた場所で彼が立ち止まったと思うと、そう言った。 そう言われたが、わからないものだ。 昨日とは全く違う場所にいるような気がする。 「ここから家まで分かる?」 そう聞かれるが、私はがむしゃらに走っただけな上に方向音痴なので分かるわけもない。首を振ると、彼はくすっと笑った。 「ほら」 彼は私と初めて会ったばかりなのに、なぜ私のことをよく知っているかのように話すのだろう。本当に不思議なひとだ。 「てか俺ら名前教えあってなくない?」 確かに、と私は頷いた。一晩同じ屋根の下で寝た仲なのに…というと紛らわしいが…なぜ二人とも名前を聞かなかったのだろうか。 「じゃあ、まずそっちから」 「そういうのは年上からなんじゃないの」 「レディーファーストだよ」 面倒だなとは思いつつ、まずは私から。 「月果。月に果実の果で、つきか」 つきか、と彼の口がその文字をなぞった。声を出さずに、そっと。 その途端、彼の目が妖しく光ったように見えた。気のせいだろうか? 「俺は…莉音。茉莉花の莉に音でリオン」 「莉音ね。よろしくね」 互いに、いい名前だねとかそういう他愛もないことは言わなかった。ただ事務的に名前を紹介し合う、私達はそこから始まった。
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