序章

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序章

ギョッとした。 お酒を飲んでいた繁華街を抜け、そう遠くない家まで歩いて帰る道筋ツンとした匂いに少し飲みすぎた私の胃は吐き気をもよおし、ビルとビルの間に入ろうとした私の目の前に転がっているのは、30歳半ばの日焼けした肌に白いインプラントがやたらと目立つ男、私の知っている人物だ。 「さきもっ」 崎本良二そう転がってる男の名字を呼び切る前に気づいた。 死んでいる。と、開いた口から垂れたヨダレと首元に絡まっているキラキラとした趣味の悪いネクタイをみて、あぁあの男に殺されたのかとすぐに理解した。 キャーとも、ひぃっとも言わずにあふれ出した嘔吐物を転がった崎本良二の上に勢い良く吐き出しながらこの崎本良二との出会いが頭の中に浮かんできた。 ー3か月前 私は日課にしたいがしきれずに、2年近く会費だけを払い続けていたジムに久しぶりに来ていた。 解約だけならば電話ですませれば良かったものの、せっかく今月分払ってるから。と引っ越す前に使ってから解約しよう。と足を運んだのである。 入り口に入り、誰もいない受付に置かれている呼び出しボタンを押す。 携帯を弄りながら少し待つと気配を感じちらりとそちらを見ると汗を吹きながら出てきたのはやたらと白い歯が眩しい男だった。 「おまたせしました!ごめんなさい。今日僕1人しかいなくて。」 へこへこと、見た目からは想像できないくらい低姿勢でくる自分より年上であろう男を見据え携帯を鞄に放り込む。顔を見るのはジムに行くため薄化粧の私には少し勇気がいることで、視線を上げすぎずに首からかけられたネームプレートに崎本と書かれているのを捉えた。 「いえ。大丈夫です。あの、今月末で退会したくて...」 要件を伝えると、少しシュンとした表情をした崎本は、受付の中に入り引き出しをあけ1枚の紙を差し出した。 「そうなんですね。残念です。こちら退会の申請書となりますのでお手数ですがお書きください。今日がえっと...3日なので今月末退会で大丈夫です!」 「ありがとうございます。」 渡された用紙を受け取り、受付においてあるボールペンを借り、項目を埋めようとして初っ端で間違えた。 「あっ、訂正2重線でもいいですか?」 ジムの中の様子をみている崎本に声をかけるとこちらを向きええ。とニコリと微笑んだ。 初っ端で間違えた。いわゆる名前だ。 紙に書かれた金蔵彩海。それが私の名前なのはまちがいない。 ただ、2年前23歳の時契約したときの私の名字は小山内だった。 交際も含めると8年一緒にいた小山内という男と約3か月前に離婚し、旧姓の金蔵に戻り諸々の変更で金蔵を書き続けてやっと間違えて小山内と書くことがなくなってきた今日日、こんなタイミングで書くことになるとは思わなかった。 すらすらと他の欄は間違えることなく埋めていき、崎本をすいません。と呼ぶ。 「これでお願いします。」 渡した紙を受け取り、一通り目を通して崎本は私の方を見た。 「引っ越しが退会の理由ということですが、そちらの方に店舗あれば移籍という形もとれますがお調べしましょうか?」 「あ、いえ。ここに来たのも1年ぶりですし...多分引っ越してもいかないかなぁって」 ハハッと視線を崎本から外しながら自傷気味に笑う。 「そうなんですね。ではこれで手続きしておきますので。...会員証はどうしましょう?今月いっぱいは使えるので最後に来られた日に返却して貰えれば大丈夫なのですが。」 1年ぶりという言葉をきいて、今月いっぱいも来ないだろうと思ったのだろう。 確かに今日以降に来るかどうかは自分でも来る自信がない。 「今日だけジム使わせてもらえますか?会員証はいまお返ししておきます。」 鞄から財布を取り出しながらそう伝えると。わかりました!と声が聞こえた。
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