絶望からの光

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*** 「家まで送る。住宅街を抜ければタクシーが拾えるだろう」  そう言って私の利き手を掴んだ佐々木先輩は、気遣うようにゆっくり歩いてくれた。 「松尾といろいろ話したいのも山々なんだが、先に斎藤に連絡をさせてくれ」  チラッと私を見てから、反対の手を使ってスマホを操作し、耳に当てる。 (ここに来るのに、佐々木先輩と斎藤ちゃんが動いてくれたんだ――) 「もしもし斎藤? そっちはもう到着してるのか?」  そう言って、ふわりと微笑みながらふたたび私の顔を見る佐々木先輩の視線とかち合った。同じように笑いたいのに、いろんな想いが胸の中を渦巻いてしまって、思わず顔を伏せてしまう。 「ああ、俺の読みどおり実家にいた。あと少し遅かったらヤバかった。そうか、一度会社に戻るなら、直帰することを千田課長に伝えてくれないか。よろしく!」  佐々木先輩はクスクク笑ってスマホを切り、つないだ手に力を込めて私を引っ張るように歩く。 「斎藤のヤツ、松尾を助けるために半休とって会社を出たんだが、急ぎすぎて家の鍵を入れた弁当箱ごと、会社に忘れたんだって」 「私のために斎藤ちゃんがわざわざ、半休をとってくれたんですね……」 「綾瀬川が自宅マンションか、実家にいるかわからなくてさ。二手にわかれて松尾を探そうってなったんだ」  佐々木先輩から説明を聞いてる間に、住宅街から大通りに出た。道路には適度に車が流れているので、空車のタクシーが拾えそうな様子を、ぼんやりと眺める。 「松尾の自宅どこ?」  スマホと道路を交互に見やる佐々木先輩に訊ねられたので、住所を告げた。それを聞きながらスマホになにかを打ち込み、ふたたび道路に視線を移す。 「佐々木先輩……」  言いながら、つないだ手に力をいれた。てのひらに伝わってくるあたたかみで、心の底からほっとしてしまって、涙が出そうになる。 「どうした?」  泣きそうになるのを我慢するのに、なかなか頭のあげられない私を、佐々木先輩は腰を曲げて顔を覗き込む。 「松尾……」 「…………」 「俺の元気、わけてやる」  つないだ手を少しだけ引っ張られた衝撃に顔をあげると、佐々木先輩の顔が間近にあって、呼吸を奪うようなくちづけをされてしまった。 「あ……」 「悪い、勢いつきすぎて前歯に当たった。大丈夫か?」 「えっ、あ…その、はぃ。平気です」 「松尾に元気をわけようとしたのに、間違って俺が元気になったみたいだ」  その場に漂う妙な雰囲気を一掃する佐々木先輩の笑い声に釣られて、自然と笑うことができた。 「笑う門には福来るで、ちょうどタクシーが来たぞ」  つないでいない手をあげてタクシーを呼ぶと、私たちの前にスムーズに幅寄せして停車してくれる。このまま一路、私の自宅まで向かったのだった。
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