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「なんだ、そんなことか。俺は前から、松尾には目をつけていたんだ。でも付き合ってるヤツがいるのを、人伝で耳にしてたから諦めていたんだが、最近別れたのを知ってさ。松尾が弱ってるところを見極めて優しく接して、やっと落としたところだった」
事前に用意していたらしいセリフを、流暢に語られることや、その内容に驚きを隠せなかったけど、お局グループが目の前にいる手前、必死になって平静を装う。
「佐々木くんが落としたタイミングで、四菱商事のお見合いって、松尾さんはどっちを選ぶのかしら?」
「それは――」
「君たちがそんなことを訊ねる立場じゃないだろ。まったくの無関係なのに」
私が答える前に佐々木先輩が即答してしまい、出かけた言葉を口をつぐんでやり過ごした。
「佐々木くんには聞いてない。私は松尾さんに聞いてるの!」
「今言ったばかりだろ。松尾がどちらを選ぼうが、君たちには関係ない」
「佐々木くん、松尾さんに捨てられるかもしれないって、内心焦ってるんでしょ。不安が顔に出てるわよ」
「私は佐々木先輩を捨てたりしません!」
「いいの? そんなふうに、豪語しちゃってー。四菱商事の専務の息子さん、学生時代はモデルをしていたくらいに、とても素敵な方なんですってー」
梅本さんの隣にいる池野さんが、得意げな顔をしながら、お見合い相手の様相をわかりやすく説明してくれた。
「そうなんですか……」
視線を彷徨わせて、やっとのことで返答する。なんらかの言葉を私から引き出し、口撃する機会を狙いすましているっぽい雰囲気を、目の前からひしひしと感じた。
「君たちはそういう情報については、抜け目がないんだな」
鼻で笑いながら指摘した佐々木先輩に、梅本さんは噛みつきそうな顔つきで問いかける。
「なにがいいたいの?」
「四菱商事の専務の息子は、モデルをこなすくらいのイケメン。専務がここに来たとき、点数稼ぎするには、持ってこいのタイミングだったはず」
佐々木先輩のセリフの続きが想像できたため、唇を引き結びながら隣を見つめる。隙のないその様子は、頼れる先輩兼彼氏だった。
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