唐突にはじまったお付き合い!

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「ちょっと、話はまだ終わってないわよ!」 「これ以上ここにいたら、松尾の体調が悪くなるから失礼する」  ほかにも喚き散らした言葉を無視して、私たちは食堂をあとにした。  佐々木先輩は私の手を握りしめたまま、黙ってどこかに連れて行く。お昼休みも残り時間があと10分少々しかないので、社外に出ないことはわかっていたけれど――。 「佐々木先輩、あの……」 「顔色が少しだけよくなったな、良かった」  食堂から一階だけおりたところにある、自販機コーナーの椅子に座らせると、小銭でなにかを買い、私に手渡してくれる。それは温かいココアだった。 「松尾、意外と度胸あるんだな。実は俺、あのメンツに一斉に睨まれたときに、結構ビビっちゃってさ」 「そんなふうには、全然見えませんでした。むしろ、頼もしさを感じてたくらいで……」 「それ、遠慮しないで飲んでくれ。気持ちが落ち着くと思う」  大きな手が私の頭を撫でる。普段そんなことをされた記憶がないので、妙にドキマギしてしまった。 「いっ、いただきます!」  本当はもっとアルミ缶から温もりを感じ取っていたかったけど、飲むことを促されたので、慌ててリングプルを開けて一口飲み込んだ。火傷しない程度の温かさとココア独特のほのかな甘みが、じわりと体に染みていく。おかげで、全身にぬくもりが満ちていく気がした。 「美味しい……」  思わずココアをぐびぐび飲むと、佐々木先輩は隣に座って笑い声をあげた。 「佐々木先輩、なんですか?」  僅かに接触している、佐々木先輩の片腕と私の片腕。ドギマギがドキドキに変化したせいで、訊ねたセリフがキツくなってしまった。 「松尾ってさ、なんでも美味しそうに飲むなと思って。一緒にビールを飲んだときもそうだったなと、ちゃっかり思い出してた」 「だって、美味しいものは美味しいですし」 「そうだな」  見るからに嬉しそうな表情で、私の顔をを覗き込む佐々木先輩の視線から逃れるべく、俯いてココアの缶をガン見した。そしてこのタイミングで気づいてしまう。 (私ってば、まだお礼を言ってない。梅本さんたちのことについても、いただいてるココアについても!) 「松尾、変顔になってるぞ。気を遣って俺を笑わそうと、必死に頑張ったりするなよ」  ふたたび忍び笑いをし、軽く私に体当たりした佐々木先輩の行動に、困り果てるしかなかった。 「そんなんじゃないです。あの……」 「俺を好きになってくれたとか?」  そのセリフに反応して顔をあげたら、悪戯っぽいまなざしで私を見つめる、佐々木先輩の視線とかち合う。 「違います。そうじゃなくて」 (なんていうか、妙な雰囲気を漂わせていること、佐々木先輩は気づいていないんだろううな) 「そこ、全力で否定するなよ。地味に傷つく」 「あっ、すみません。本当にそういうつもりじゃなくて、あの……」 「そろそろ戻らなきゃいけない時間だな。松尾と一緒にいると、いつもの時間があっという間に過ぎていく」  ペコペコ頭を下げて謝る私を尻目に、腕時計で時間を確認した佐々木先輩。謝り倒す私を、あえて見ないようにしているみたいに感じてしまった。 「松尾、あのさ」 「はい?」 「手、貸してくれないか?」  不思議なお願いに利き手を差し出したら、「左手がほしい」と指定されてしまった。 「……佐々木先輩、私の左手でなにをする気なんですか?」 「松尾が寂しくならないように、左手首にも同じものをつけてあげようと思ったんだ」  あっけらかんと告げられた言葉に、開いた口が塞がらない。 「なななな、なに言ってるんですか。手首のキスの意味をわかってて、またする気なんですか⁉︎」  ぶわっと頬が熱くなる。意味を知ってしまったあとだからこそ、照れずにはいられない。 「あ〜、わざわざ意味を調べてくれたんだ。だったらなおさら、左手を寄越してくれ」  余裕そうな笑みを浮かべた佐々木先輩に、私はもちろん左手を渡さず、椅子から立ち上がって後退りしながらココアを一気飲み! すかさず空き缶をゴミ箱にポイして、脱兎の如く逃げた。  結局佐々木先輩にお礼を言わずに、失礼極まりない状況をみずから作ってしまったのだった。
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