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「佐々木先輩は、仕事が恋人ですもんね。ちょっとくらい、浮気をする余裕はないんですかぁ?」
上目遣いをそのままに、ちょっと小馬鹿にする感じで挑発してみた。
「浮気か。松尾がいい女を紹介してくれるのかよ」
私は浮かべていた笑みを消し去り、無言で自分を指をさす。正直なところダメ元だからこそ、会社の高嶺の花に当たって砕けろ作戦を展開できた。見た目と中身がありふれているであろう私を、相手にするような人じゃないことくらい、頭で理解できている。
「松尾は、アプローチの仕方が雑だな。もう少しくらい、駆け引きするなりしてみろって」
一瞬だけ驚いた表情を見せた佐々木先輩から、呆れたまなざしが注がれたけれど、そんなことには屈しない。
「仕事のことで頭がいっぱいな佐々木先輩に、無駄な負担をかけないようにした、私なりの気遣いなんですけど」
元カレとの愛憎劇を乗り越えた経緯が、私を打たれ強くした。どんなに白い目で見られても平気だったりする。
「松尾なりの気遣いか、ふぅん。それで松尾と付き合うとして、俺になにかメリットはあるんだろうか?」
「へっ?」
「男受けしそうにないその恰好に、薄化粧を施しているところを見ると、このあとどうせ暇なんだろ。そこのところも含めて話を聞くぞ。ついてこい!」
大きなスライドで歩き出した佐々木先輩の背中を、口を開けっ放しにしたまま見つめてしまった。
「松尾、来るのか来ないのかハッキリしろ」
数歩先で立ち止まった佐々木先輩目線は、顔だけで振り返りながら私に声をかけた。
今後の私の予定を聞かずに、強引に同伴させようとするところは好みじゃないけれど、佐々木先輩に振り回されるのかと考えた瞬間、それが許せてしまうから不思議だ。
「ついて行きますので、置いていかないでください。喜んでお供します!」
一緒に食事できる喜びを感じさせないように、きゅっと唇をかみしめながら、佐々木先輩の隣に並んで歩いたのだった。
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