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①
「ふんふーん♪からあげー♪ポテトー♪おっとアイスは冷凍庫ー♪」
テーブルにコンビニで買ってきたチューハイとつまみを並べていると、玲奈のスマートフォンにメッセージが来た。
歳の離れた妹からだった。
『おねえちゃん、このアプリやって!招待特典のアイテムがほしいの!おねがい!』
「ほいほい、りょーかいっと」
ぽちぽちと返信して、URLをタップする。
彼氏もいないし趣味もない。友達はほとんど結婚した。
妹に招待されるゲームは、玲奈にとってなかなかいい時間潰しになっていた。
「また乙女ゲームか、みーちゃんこういうの好きね。どれどれ」
チューハイを一本選び、プルタブを開けてぐびっと一口、二口、ついつい半分ほど飲んでしまった。
「くーっ! うまっ!」
スマートフォンを横置きにして、きらきらしたオープニングを流し見ながら唐揚げをつまむ。
まだあったかくて、うま!
唐揚げをチューハイで流し込んでいると、攻略キャラクターを選択する画面になった。
「みーちゃんはこの第一王子だろうな。前のアプリも金髪の王子推しだったもんね。あとは、かわいい系の第二王子に、頭良さげな宰相の息子。あと、騎士ねぇ、髪赤いのはなんかやだなぁ。
おっ教師! 28歳! 同級生ー! 生徒に手だしちゃうのかよー淫行教師め! 君に決めた!」
『魔術教師ジュリオ・エンディミオン(28)ミステリアスな彼には大きな秘密が…!?』
黒髪に青い瞳に片眼鏡。赤い花びらの中微笑むジュリオ・エンディミオン氏の下にある、『彼と恋する!』をタップした。
『レーナ君待ちなさい。君は追試ですよ。ふたりきりで、ね? ふふふ…』
「優秀な成績で平民枠をゲットした主人公、算数追試なのかよ、大丈夫かよ!」
飲みながらジュリオ氏の美声にツッコミを入れる。
空いた缶を置き、2本目を開けた。
グレープフルーツ!うまー!
「ぷは、つかジュリオ氏魔術教師なのになんで算数教えてんの?」
そう、ジュリオ氏が見せつけている答案用紙には、なぜか二桁の掛け算が並んでいて、バツばかりなのである。
大丈夫かよレーナ!
『そうなんですよ、なんで私が掛け算なんて教えているのだか』
「ん?」
『魔術教師だというのに魔術の授業は月に2回であとは算数です。やってられません』
「んん?」
『ところであなた、さっきから飲んでるそれ、酒ですか? 私にもくれません?』
「はぁ、え? あ、飲みかけですけどどーぞ……」
セリフ? 話しかけられてるよね? これセリフ?
玲奈は混乱しながら、チューハイの缶をスマートフォンの画面に軽くぶつけてみた。
するとにゅるりと缶が画面に吸い込まれたのである……!
「ひえっ!」
なんだ今の、こわっ!
あっジュリオ氏の立ち絵、缶持ってる!
ま、まじで!?
『むっこれは……! しゅわっとしてとてもおいしいですね! 柑橘でしょうか。ああ、仕事終わりの酒は格別です!』
「おいしいよね、お仕事おつかれー……て、こ、これなに!? どゆこと!? 最新の乙女ゲームってこうなの!?」
『いえいえまさか、私の魔術の為せる技ですよ。あっそれもくれません? 茶色いの』
「あ、はい、どぞ……」
ぷすりとつまようじを刺して唐揚げを画面につけると、やはりにゅるりと吸い込まれた。
『これは鶏肉でしたか。酒に合いますね! うん、実にいい!』
ジュリオ氏の立ち絵は片手にチューハイ、片手に唐揚げを持って微笑んでいた。
なんだこれ! こわ!
「ふんふん、つまり、魔術教師なのに算数の授業ばっかりで、暇を持て余して禁術を使ってみたら私のスマートフォンとつながったと」
『ええ、おそらく。術を使ったら小さな鏡が現れて、あなたがおいしそうに飲み食いしているのが映ったのです……。鏡にセリフらしきものが出るのを読んでみていたのですが、あなたの言葉につい答えてしまいました。魔術教師なのに算数教えてるの、おかしいと思いますよね!?』
「魔術ってすごいね……。うんうん算数はないよ、せめて数学じゃない? あっコレもあげるね」
『おお、ありがとうございます。イモを揚げたのですね。これも酒に合いますね!』
ポテトを唐揚げのパックに半分移して、フードパックごと画面にぶつけると、またにゅるりと吸い込まれる。
いかにも魔術師なマントを身につけたジュリオ氏の立ち絵はチューハイ片手にフードパックを持って微笑んでいる。
シュール。
『なるほど、あなたも大変な仕事をなさってるのですね』
「まぁね、まぁ大人だし? 働くのはみんな大変だよ。玲奈でいいよ、ジュリオ氏。もう一本いっとく?」
『いただきます。れいな、なるほど、それでレーナでしたか。おお、これはまたおいしい』
「そそ! 名前変えられるゲームはレーナでやってるんだ。私ももう一本飲もうっと! かんぱーい!」
『私たちの出会いに乾杯!』
話は弾んで酒もすすむ。
最近一人飲みばかりだった玲奈はなんとも楽しかった。
「いやー乙女ゲームも悪くないね。ジュリオ氏みたいないいやつに出会えて……」
ご機嫌で画面のジュリオ氏をつんとつついた、つもりだったが指先がにゅるりとめり込んだ。
『……れいな、こちらに来れるのですか?』
すこし低くなったジュリオ氏の声に、なんだかぞっとして、慌てて手を引いたが動かない。
画面にめり込んだ人差し指が温かい。
つ、つかまれた?!
「ジュリオ氏?」
て、手首までめりこんどる!
『こちらに来てください、れいな。あなたにこちらの酒もごちそうしたい……』
さ、酒!
ジュリオ氏の美声と酒にくらっといきかけたが、スマートフォンの向こう側とかやばすぎるだろ!
酔っ払いでもわかるわ!
「やめとくー!」
渾身の力で腕を引き抜く、と。
右手はがっちりと恋人つなぎで大きな手と繋がっていて、その先をたどると、黒髪に青い瞳に、片眼鏡の、たいへん美しいが絵ではない、リアルな男がいて……
勢いでうしろに倒れた玲奈の上に乗っていた。
「なるほど、出られるのですか……禁術、素晴らしい……」
ジュリオ氏の美声が、生で聞こえた。
「お、お前がくるんかーーーーい!」
「れいな……さきほどからたまらなかったんです。そのような薄着で酒を……誘っているとしか思えませんでした……」
ジュリオ氏の視線が熱っぽい。
青い瞳がうっとりとうるんで、玲奈のカーディガンがはだけて丸見えの、タンクトップの胸元に注がれていた。
だって部屋で1人で飲むんだよ! 部屋着だよ……!
「気をしっかり持って! ジュリオ氏、平民枠の主人公と恋するんでしょー!」
右手はがっちりつながれ動けない。
左手でジュリオ氏をどかそうと腕をつかむも、左手もがっちり恋人つなぎされた。
完全に押し倒された。
ちらりと目に入った、玲奈の腰の上のジュリオ氏の股間は見るからに臨戦態勢だ。
「平民の小娘など、がりがりに痩せてまったいらで……まったく興味がありません。勉強ぜんぜんしないし。私はれいなのような豊かな女性が好みです……ふふふ、とんがってますよ?いやらしい」
タンクトップを押し上げる先端に、ジュリオ氏は軽く歯を立てた。
「ひぁ!」
だって部屋着だよ! ノーブラだよ……!
先端を弄ばれて、玲奈の体はうずうずと感じてしまう。
彼氏がいたの何年前だっけ?
久しぶりすぎて! 酒も入ってるし! ジュリオ氏匠の舌使いだし!
「あ、あん、あん!」
「れいな……透けていますよ……」
唾液で濡れたタンクトップが透けているらしい。
や、安物なんだよーーー!
ジュリオ氏が、握り込んでいた手を解いて、タンクトップに手をかけた。
もう、いいか……こんなイケメンとヤレるなんて、一生に一度の記念でしょ……。
玲奈はジュリオ氏に身を任せた。
ジュリオはシャツを脱ぎ捨て、がちゃがちゃとベルトを緩める。
片眼鏡はいつ外したんだろう。
魔術教師なんて頭脳職だろうに、その体はしっかりと筋肉がつき、とてもたくましい。
乙女ゲームの攻略対象には見えない。
ただのセクシーなイケメンだ。
「は、やくぅ」
玲奈はジュリオの首に腕を回し、その薄いくちびるにちゅうっと吸いついた。
や、やわらか! 私よりしっとりしてるでしょ! きもちいい!
ジュリオは驚いたのか、すこし動きが止まったが、匠の舌使いを発揮して玲奈の口腔を蹂躙し……そのままめちゃくちゃ激しいSEXしました。
*
「は、ぁん……」
目を閉じて、ぼうっと吐息をもらす玲奈に、蕩けるようなくちづけが降ってくる。
さすが乙女ゲームの攻略対象、玲奈の元彼なんかとは違って事後も丁寧……
「……ん?」
ごりっと、玲奈の太ももにナニかが当たった。
ごり?
目を開けると、ジュリオは青い瞳をぎらぎらと光らせていた。
事後のキスじゃなかった。
もう一回の合図だった。
「まだ、たりません……」
ぐいっと玲奈の腰を押さえて体を入れ替える。
「あっ! そ、そうだ! デザート! デザート食べよう!」
体に毛布を巻きつけて、ベッドに腰掛けて、冷凍庫から出したバニラアイスをスプーンでジュリオの口に運んでやる。
あーんである。
素直にぱくりと食べてくれるのがかわいい。
床でヤッてベッドでアイスを食べる……なんかすごいな、勢いって感じで……。
ちなみにジュリオは全裸にまったく抵抗を感じないようだが玲奈は気になるので下半身にジュリオのマントをかけて置いた。
立ち絵で身につけていた実に魔術教師らしいマントです、すぐ脱いだけど。
「おいしいですね。甘すぎないのがいい」
ジュリオがふわっと微笑んだ。
立ち絵よりもずっといい。
もうひとさじすくって運ぶと、ジュリオの手にスプーンを取られ、玲奈の口に運ばれた。
「れいなもどうぞ。のどがかわいたでしょう」
たしかに、もう喘がされすぎてのどがカラカラだ。
口に入れると冷たいバニラアイスがしみるようだった。
「ん、うま!」
「れいなはおいしそうに食べますね。あなたの食べ物は実際おいしいですけど」
「ジュリオは好きな食べ物ってなに?」
「チキンですね。先ほどの茶色いのはすごくおいしかったです」
「あれは唐揚げっていうんだよ」
アイスを食べながら話をしていると、壁時計がかちりと鳴った。
針が重なった音だ。
0時だ。
「もうこんな時間ですか、そろそろ……」
そろそろお別れかな。
仲良くなれたのに寂しいけど、住む世界がちがうもんな物理的に。
「そろそろ続きをしましょう」
「……えっ」
ジュリオは玲奈の手からアイスを受け取り、ぱくぱくと最後の数口を平らげ、美しく微笑んで、玲奈の毛布をはぎとった。
「えっ……あ、んん!」
抱き込まれ、ねっとりと熱いキスをされる。
キスは蕩けたバニラの甘い味。
乙女ゲームの攻略キャラクター絶倫に設定した奴、誰だよ!
*
目覚めたら昼だった。
今日休みでよかった……。
テーブルに散乱する空き缶やゴミを片付け、熱いシャワーを浴びる。
鏡に映る自分の体には、あちこちに赤い跡。
ヤッた……のはたしかだけど。
現実か……?!
乙女ゲームからイケメンが飛び出した、なんて妄想もいいとこだろ!
でも妄想なら、この跡はなんだ、誰がヤッたんだって話だよ!
軽く化粧をして近くのコンビニで買い物をする。
おなかがぺこぺこだった。
揚げたてアメリカンドッグをかじっていると、また妹からメッセージが来た。
『おねえちゃん、昨日の、どこまでやった?まだ変えれる?マウリッツ王子でやってほしいんだけど!』
どこまでって最後までヤりましたが……
「ええ……あのゲーム開くの怖いんですけど……みーちゃんの頼みじゃあなぁ……」
とんとん、とアプリを操作する。
いた、マウリッツ王子。金髪の第一王子ね、うん変えられるのかな、『彼と恋する!』をタップ……
『もう浮気ですか』
できなかった。
めちゃくちゃ低い美声が聞こえた。
す、スマートフォンの画面から、雪! 雪が出てますけど!
「ひっ」
『私を愛していると言ったのはつい先ほどだと言うのに……れいなは浮気者ですね……』
私そんなこと言った!?
言った……かも!?
あんだけ激しくしながら愛してるか聞かれたらさぁ、言うでしょーーー!
「ご、ごめんなひゃい、あの、頼まれてですね……なにか、みーちゃんがもらえるんだと……あの、わっつめた!」
す、スマートフォンが、冷たい!
ぽとりと取り落としたスマートフォンの画面から、にゅるりと手が出て、床に手をつき体を引き上げ、周りには雪が舞い散り……
完全にホラーだった。
「ひぇぇ……」
「れいな」
「はいい!」
「君との婚姻証明を出してきました」
「はいいいい!?」
「今日は私とあなたの初夜です……ふふふ……おや、震えてますね……すいません、怒りのあまり魔術がもれだしてしまって……ふふふ……」
裸にむかれてじっくりねっとりSEXしたあと、改めてアプリを開いてみると、ジュリオ・エンディミオン氏は攻略できなくなっていた。
他の攻略対象のみなさんの瞳からハイライトが減っているような気がした。
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