空っぽ吐息

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「持ってく」 「ありがとう、シュウさん」 そう言ってワンピースを靡かせた双葉はギャラリーの裏手に回った。 このギャラリー周辺はセカンドハウスが多い。俺がここに自宅兼ギャラリーを構えた時には隣に…隣と言っても窓から窓で話せるようには隣接していないが…70過ぎの夫妻が暮らしていた。都心にも家があるが、現役を終えた今はここの暮らしの方がいいと言っていた夫妻は3年前に立て続けに亡くなったらしい。らしいというのは、最期は二人とも病院に入っていたのか、ここで見かけなかったのでよくは知らない。後日彼らの孫、鈴江双葉(すずえふたば)に簡単に聞いただけだから。 ギャラリー前のフードトラックでゆっくりと珈琲を淹れる。双葉に淹れてやる珈琲はこれで何杯目になるだろう。 淹れたての珈琲を両手にギャラリーの裏手に回ると、俺のお気に入りのウッドベンチブランコに揺られている双葉が、遠くのグリーンに二酸化炭素を届けているのかと思うような吐息を漏らす。 吐息とは、思わず知らずほっとつく息。落胆したり、深く思い悩んだりしたとき、また、緊張がゆるんだときなどに大きくはく息。ためいき。 その音に一瞬足を止めた俺を双葉が見た。 「いい香りがする」 「もう?」 「風向きじゃない?」 そう言い二人用のブランコの中央から左側へ腰をずらした双葉が右隣をポンポンと叩いて言う。 「どうぞ」 「俺のものだがな」 「お邪魔してます」 「毎日無断でな」
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