勇者と永遠の花

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勇者と永遠の花

     「嬢ちゃん?どうかしたのか?」    奴隷市場。私が何度も見てきた、それはただの生活の一部だった。他種族を捕まえ他種族を虐げ、ただの労力としてしか扱わない。奴隷の子はまた奴隷となる。高貴な貴族の血を引いていてもそうなのだから数は増え続ける。    「…今日は何日だ?」  「しっかり者の嬢ちゃんが珍しいな、魔国歴1000年の炎の月、24日だぞ」  魔国歴1000年。魔王が人に勝ち虐げるようになってから千年。炎の月は日本では8月を指しているため、つまり日本になぞらえれば今日は8月24日。    ゲーム発売日も8月24日だった。勇者が魔国で奴隷に堕ちた日と合わせたのだ。    ────私は前世にどうやら日本という世界で生活していたらしい。魔法なんてない世界は生きにくいどころか化学が発展していてそれに対しなんの疑問も抱いていなかったようだ。    勇者の永遠の花。そのゲームに出会ったのは社会人になって落ち着いてた頃だった。仕事にも慣れ始め、初めて部下を持ち、順風満帆だった。    CMで目にした映像があまりに美しく、戦闘シーンもオープンワールドで行うもので自由度が高い戦い方だった。    スタート時、魔国の奴隷として売られた主人公は、魔国の下級貴族に買われた。その貴族の趣味は同族同士を殺させ合うという惨いもので。    彼は仲間を殺しながら生きていた。剣を教えてくれた師を殺し。魔法を教えてくれた師を殺し。弓を教えてくれた好いた人を殺し。絶望の中手にした力で貴族を殺して人間たちの国に帰る。    師匠達や愛し殺した人の骨を手に母国に帰れば既に滅びかけていて、彼は少ない人間達と手を取り合い強大な魔国に立ち向かう。  …その当時魔王の座に着いたのは歴代でも一番の力を持つとされる存在で彼らはぼろぼろになりながら戦う。    最後に勇者が故郷に埋めた愛した人の墓に咲いた花を魔王に使うと魔王は苦しみだし、出来た隙を勇者が殺す。だが、勇者も魔王の最後の足掻きに巻き込まれ命を落とす。    結果的に魔王を倒したことで人間の国の勝利となったが、勇者は命を落とすというエンドだ。これをハッピーエンドと呼ぶかバッドエンドと呼ぶかで人の意見は別れたが、前世の私はこれをバッドエンドと捉えた。    スタッフロールの後に三つの墓の隣に新たに墓が作られ魔王を討つきっかけをもたらした花が咲くシーンでゲームが終わった。    あまりにも可哀想だと前世の私は号泣し、二度とそのゲームはやらなかったようだが、ゲームにプレミア価格がついたとしても売ることもせず事故によって命を落とす。    「……」  「奴隷市に行くのか?珍しいな」  「気分だっただけだ、行くのはどうせ今日限りだな」  いつもフルーツを買っている店に別れを告げ、沢山の人の中、私は壇上を見下ろす。    「…いた」  燃えるような赤い髪に、恐らく美しい紫の瞳を持つだろう小さな少年。名をたしか…エンド・オーランド、終わりの名を持つ人間の勇者。    魔国に住むものとして、未来を知っているなら今はただ弱いだけの存在を殺すのが正解だろう。    だが、前世の私の記憶を思い出した時点で彼女の心残りは勇者にハッピーエンドを与えられなかったことなのではないだろうか。  現に、前世の私の記憶はゲーム以外のことは朧気だ。名前も思い出せない。ただ美しかったゲームの中の勇者の最後だけが記憶に残り続けている。    「次はこの…───」  「買った、幾らだ?」    前世の私がなぜ成せなかったのか理解できない。他の誰か作ったゲームなど作りかえるなり、新しく作るなりエンディングを望むとおりにしてしまえばいいのだ。    この私がエンディングが気に入らないといつまでもずるずる引きずりながら生きていたなど前世でも許せない。    私はアーロストベリーでしかないが、前世の私が成せなかったなら私が成せばいい。    「えっ?お客様、まだ商品の説明も…」  「いらない、幾らだ」  「……30万ゴールドです」    ぼったくられているな。値段も聞かずに買うと言ったことが欲を誘ったらしい。30万ゴールドは上級奴隷の金額だ。服装から見て顔はいいものの小さい勇者は良くて中級だろう。    「私にぼったくりをしようとするのか」  「っそんな、定価でございます!」  「その奴隷の服装を見て上級奴隷と言いきれるお前の頭は正常か?」    ぼろぼろの布切れがかろうじて服のようにかぶれるだけのものを纏った勇者をちらりとみる。    「そ、それは…」  「…100万ゴールド払う、あとそこの細身の女と中級奴隷二人選ばせてもらうが」    問題ないなと聞けば顔を青くする販売員の男。どうやら私の魔力にあてられたらしいが、気にせず奴隷たちの元へ向かう。  「…」  無表情のこの細身の女が、エマだったか?勇者の想い人だったらしい弓を教えた存在だ。  「エンド」  「っ」    勇者(エンド)に歩み寄り、声をかけると大袈裟に肩を揺らす。ゲームではあんな偉業を成したのにこの時は本当にただの子供か。    「お前、剣と魔法を教わっているな?」  「…」  「教えている者を連れてこい二人とも買ってやる」  「…え」  「警戒するのは勝手だが、拒否権はない、お前は奴隷だからな」    唖然とした後苦しそうに顔を歪めて震える手で二人の人間を指差す。    一人は屈強な男。一人はまた細身の女だった。    「お前ら名は?」  「……バロー」  「クーリアよ」    無口な男に、真っ直ぐとこっちを観察してくる女。バローとクーリア。なるほど、たしかに他よりも有能そうだ。    「では司会者、私はこの四人を100万ゴールドで買う」  「……はい」    魔法袋から100万ゴールドを指定し取り出すと販売員に投げ渡してそそくさと会場を後にする。  もう用は済んでいる、無駄に目立ってる中長居する必要は無い。    「私はアーロストベリー、あの通りお前らを買った」  「…はい」  「ええ」    エンドとクーリアだけが返事をする。エマは変わらず無表情、バローは無言だった。    性格に難がありそうな二人に呆れつつ家につくと四人に向き合う。    「お前らに頼むことは特にない」  「…え?」  「なんだと?」  「っ!」  「?」  エンド、クーリア、バロー、エマとそれぞれ性格がわかれた反応をする四人を見回す。    「とりあえず適当に家の中にある服を着ろ、恐らくサイズに合うものがあるはずだ、私は別に一人でも生きていける…お前らがすべき事は1番幼いエンドを育てることそれだけだ、衣食住は保証してやろう、一人一部屋を与える」    そうとだけ告げると私は先に家に入り、元々ガタイのいい男が住んでいた部屋の扉にバローの名札、女が住んでいた部屋にはクーリアの名札、その隣にはエマ。エマの部屋は客室だったが、クーリアが服を分けるだろうし問題は無いだろう。    エンドには子供部屋だった部屋を与えた。体格的にも丁度いい服があるだろう。少し大きいかもしれないが今後成長するだろうし。    貯蔵庫には元々保存魔法をかけてある。その中には大量の食べ物を置いておいた、勝手に食べるだろうと自室に戻るとさっさとベッドに入り、眠りについた。    「…ぁ~」  軽く欠伸をしてからベッドから起き上がると窓の外は既に夜で、部屋も暗い。さすがに腹が空いたので扉を開けると…四人が正座をしてこちらを見ていた。    「…お前らいつからいた?」  「着替えてから」    怒りを買ったのかとクーリアが少し不安げに聞いてくるが、私は怒っているのではなく呆れているのだ。    「…食事は?」  「許可がなかった」  「禁止もしていなかったはずだが」  「…以前禁止されてなかったと食事を取り罰を受けたことがある」    …なるほど、こいつらは正真正銘奴隷だったのか。自分で行動するということすら忘れ、罰に怯える、思ったよりも厄介だなと溜息をつくと四人ともビクリと肩をふるわせるのだから気分が悪い。    バローとエマまで反応するのは意外だったが、奴隷として過ごした中での主人の怒りに恐怖を消せないのかと納得もできた。    「…とりあえず食事にしよう、お前ら料理出来るやつは?」  「「「「…」」」」  「全滅か」    あの奴隷商ろくに教育もしてないのか。流石ぼったくりを考える奴は違うな。    「食事を作ってやる、教えてやるから覚えろ」    意外そうなクーリアにさっき言ったことも忘れたのかと呆れる。    「私は一人でも生きていけると言ったろう、食事だって作ってきたさ」  「…なるほど、ありがとう」  「…気になるんだがその口調で怒られたことは無いのか?」  「あったが、どうにも直らないんだ、だから怒る様な相手には黙るようにしている」    怒らない相手と認識されたのは喜べばいいのか?まぁ、クーリアまで無言だったらエンドしかまともに話すやつがいなくなってしまっていたろうから、それを避けれて良かったと思うべきか。    「ここが貯蔵庫だ、どこにでもある見た目だが、保存魔法がかけてある。悪くなり易いものは速やかに入れろ、いいな?」    こくこくと頷く四人に中を見せて野菜類、干し肉を手にして、台所へ移動する。ちょこちょことついてくる様子に頭の中で生まれたての雛が親鳥についていくシーンが思い浮かんだが、それと一緒にするのはさすがに可哀想だろうか。    「ナイフは好きなものを使え、ある程度種類はあるから手に合うものが一番安全だ。野菜は良く洗い皮ごと使う場合は根を取れ、剥く場合は剥きすぎるなよ?」  「…ご主人様も皮ごと食べることがあるんですか?」    エンドの質問に一瞬息が止まりかけたが、たしかにこいつらからしたらご主人様になるのか。    「気色の悪い呼び方はやめろ、アーロストベリー…長ければアーロと呼べ」  「アーロ様?」  「……あーもう、それでいい。それで皮ごと食べることがあるかだったな。あるに決まってるだろ、皮ごとの方が栄養をよく取れる」    なるほどと頷くエンドから再び手元に意識を戻す。    「野菜は一口サイズ、もしくは細かく刻め。腹が弱っている時は小さい方が腹を下しにくいぞ、食事はちゃんと取れてたのか?」  「いや…最後に食べたのは二日前だった」  「あのぼったくりめ…はぁ、なら今日は刻む。鍋に水を入れてグロッケルの干し肉を入れて沸騰させる。柔らかくなった肉は一度出し、刻んだ後、また再び戻せ、野菜と共に煮込み、味見をしろ」    小皿にそれぞれ入れて渡すとなんとも言えない顔をする四人。    「味が薄いだろう?グロッケルは出汁は出るが、そんなに味は強くない、ケリア鳥の干し肉を刻んで入れて塩や胡椒で味を整えて…ほらまた味見だ」    再びそれぞれのさらに入れてやり飲ませると全員が唖然とこちらを見てきた。    「味が違うだろう?食材を入れる順番、使う意味をよく理解しろ。グロッケルは出汁、ケリア鳥は味が濃く風味がある、野菜は栄養だけでなく甘味を加えてくれる。とりあえず一番簡単なスープの手順だ。」  「…なるほど、それ以外は?」  「その都度教えるから順番に飯を作ればいい、じゃあそこのパンを籠ごとテーブルへ運んだあと器をそれぞれ持ってこい、入れてやる」    スープをそれぞれ器に入れてやると四人の目付きが随分と変わっているのに気づく。奴隷の食事事情は知りたくないが、よっぽど酷いものだったのだろう。    「行き届いたな、水も勝手に飲め、というか余程のことでなければ一々私に許可を求めなくていい、好きにしろ」  「「「「…はい」」」」  「では、いただこう」  魔族に信仰する神は居ない。神に近しい存在は魔王だろうか。食事の前に魔王へ忠誠を一々捧げる家もあるが私はそんなことはしない。    「人間達には神がいるのだろう、神に祈ってから食事をとって構わない、信仰も好きにしろ」  「随分と寛容なのだな、アーロ様」  「興味が無いだけだ、一々気にしてたら面倒だ、どうせ口に出さずとも祈るものは心中で祈るだろう。魔王へ忠誠を強制など私も嫌だし、口先だけのやつが一番嫌いだ」    言い切ってやるとエンド以外は各々祈りを捧げ始めた。捧げる神は違うようだから出身地も違うのだろう。  ただエンドは幼いからかどうやら捧げる神がいないらしい。勇者なのに無宗教…不思議なものだ。    前世の私がしていた手を合わせ食材なった生き物や、野菜を育てた人間達に感謝をする。食べる前にこうも長々と色々やられると手持ち無沙汰になるのか。初めて知った。    手を合わせ「いただきます」と言ってからスプーンを手にし食べ始めればエンドも一番分かりやすかったろう私の真似をしてから食べ始めた。    ────────それから私達の生活が始まった。    初めは全てが手探りだった。私も彼らも。バローは無口なのは変わらなかったがエンドに魔法をしっかり教え込んだ。  クーリアは相変わらず男のようなさっぱりとした言葉遣いのまま過ごし剣をエンドに教えた。  エマは最初より表情が豊かになったように思う…いや、あまり変わってないかもしれないが、話すようにはなった。弓もエンドに教えていた。    エンドはそれぞれから教えられた技術を吸収していった。ゲーム通りと片付けるにはその吸収力は早く、技術面の伸びも素晴らしかった。    何年経ったか、いつの間にか青年に近付くエンドは私よりも身長が高くなっていた。    エマとの関係は姉弟が近いようだった。前世の記憶ではエンドはエマに好意を抱いていた、愛していた、としか表現されていなかったが、家族愛や友愛のようなものだったのだろうか。    気がかりなのはゲームの題名となりエンディングに関わりエンドロール後にも出てくる“永遠の花”。    あれが魔王を倒すきっかけとはなったが、もし、この先も現れなかったらどうなるのか。結局魔王を倒せなかったらエンドが死んでしまうのだろう。    「お前ら、明日人間国に帰れ」  だから、もうこの関係も終わりなのだとスープをのんでそう言い放った。奇しくも、四人を迎えた日に飲んだスープと同じスープだった。    「…っなんで!?」  席を立ち取り乱したのは意外にもエンドだった。クーリアが反抗するかと思ったが、静かに頷いているし、エマは少し悲しげだが否定していない。バローは相変わらず表情が分かりにくいが納得はしていそうだ。    「そろそろ魔王の代替わりがある、誰が魔王になるかは知らんが人間国に帰れる機会がなくなる可能性もある」  「でもっ…僕は人間国に帰らなくても…」  「お前らは人間だろう。人間は人間の住むべき土地に居るべきだ、ここは魔国…魔族の土地なんだ」    そう言い切る私にエンドはまだ噛み付こうとする。だけどだんだんとつり上がってた眉は下がり始め、情けない顔で私の前に跪(ひざまず)く。    「アーロ様っ」  「エンド、お前もわかってるだろう。私達魔族と人間族は寿命がそもそも違うんだ」  四人を迎えてからも変わらない身長に容姿。私もやはり魔族なのだ。いくら前世が人間であろうと、人間の頃の記憶もあろうと。    私はアーロストベリー。魔族の娘。それが事実だ。    「離れたくないです」  「……もっと早くいえばよかったな、ここに愛着が湧く前に」  「ここに愛着が湧いたことは否定しません…でもそれ以上に…人間国に貴方はいないでしょう!?」    「エンド、やめろ見苦しい」  クーリアのその一言でエンドは硬直する。信じられない様な目をクーリアにすぐに向け、睨みつけた。    「お前は幼い頃から魔国にいるから分からないだろうが、元々魔国は人間族の体には毒なんだ」  「…え?」  「魔族が生まれた所以はこの土地にあるとされている。この土地で生まれた子は魔族になる。人間同士の子でもだ、理由は単純で…魔国は地面の下に龍脈という魔素の大きな川がある。そこから溢れ出る魔力に耐えうる為に魔族という種族が生まれたんだ」    唖然としたエンドにクーリアは淡々と事実を告げる。奴隷は増える。避妊もせずに子を産めば当然増えるし、信じられない事だが上質な奴隷の為に奴隷同士を交わらせ子を産ませることもある。    そうまでして子を産ませるのは魔国で人間は生きれないから。人間の子でありながら魔族になった存在は高く売れる。丈夫で長生きするから。    だが魔族でありながら奴隷から抜け出すことは許されない。奴隷の子は奴隷。人間同士の子や魔族と人間のハーフの子で魔族となった者は灰魔族と言われる。    魔族とは認めない。彼らは灰色。どちらにもつかず、どちらにも成ることを叶わない。廃されても許される魔族。    「…俺とクーリアにはもう症状が出始めた」  「なっ」  「一番最初に出てくる症状は…魔力増加。人間の魔力は一定値まで増えると止まるんだ。…私達の魔力はとっくに止まってたはずなのに増え始めてる、そろそろエマにも見られるだろうな」  「ふ、増えたら…どうなるの?」  「次に魔力を作ったり貯める器官が破裂して魔力暴走を起こす。体内で起きた魔力暴走は内蔵を傷付け…軈て死ぬ。」    そうだ。だからゲームでもエンドは一度人間国に帰った。帰った時に生き残りや人間国の状態を知るんだ。    「そんな…」  「エンド、分かったな?帰るんだ。」  「…」  「魔国で王位争いも起こるかもしれない…毎回王位争いが起きるとたくさんの奴隷が使われ、殺される。お前達も巻き込みかねん、最良を選べ」    エンドはやっと帰ることに頷いた。    ────────それから十日後、四人は人間国へと帰った。国境までは私自ら見送りに行った。    「また…会いに来てもいいですか」  「私に会えるほど強くなれるのならな。」    隷属魔法を破棄することを宣言すれば繋がっていたものを失った感覚が確かにした。    少し寂しさを感じつつもゆっくりもの寂しい家へと帰ると、見覚えのない馬車が止まっている。    「アーロストベリー様ですね」  「…そうだが」  「今回の王位争い…あなたの名が上がりました、ご同行願います」  「は?なぜ私の名が上がる?平民だぞ」  「貴女の亡き父上は王弟でした、現在魔王様にはお子がおりません…王族に最も近い血を持つのが貴女様であり、魔王様もそれを望まれています」  唖然と告げられたことが信じれず、記憶をどう探してもそれらしき情報は見当たらない。  嘘を言っているようには見えないし見慣れぬ馬車の家紋は確かに王家の物だ。    母も兄もそれを知っていたのか?知らずに死んだのか?    では、私の両親と兄を…そしていずれ産まれてくるはずだった弟妹を殺したやつも…まさか王族に連なる者か。    信じられない気持ちでいっぱいの私に恭しい癖に強制的に馬車に乗せる使いの者。名前すら名乗りもしない。    無言で居心地の悪い空気に、四人が既に恋しく感じ始めていた。    ああ、私は…アーロストベリーは…あのゲームで勇者(エンド)と共に死んだ魔王だったのか。    確かに他の家族が死んだ土砂崩れでも私だけが生き残り無事だった。幾度となく命を狙われたのは魔力がある女だからと思っていたが違ったのだろう。    「…これが神の定めた運命というやつなのか?」  名も忘れた。信仰すらしていない神よ。こんな因果が許されるものか。    エンドの幸せを願う私が、エンド自身を殺す魔王だなどと。    「エンド、強くなったお前に、きっと私は殺されるだろう…いや、強くなかったとしても“今の私”にお前を殺せるはずがない」    殺せたのならとっくに殺していた。いや、そんな考えすら持ったことも無いのだが。    「着きました、アーロストベリー様」    願うことになる今日を誰が想像できただろう。さすがの私もこんな日は想像出来なかった。王位争いで負ければ死を意味し、王位を継いでも死ぬ。    「…会いたかったぞ!我が姪アーロストベリー!」  「……ご機嫌麗しゅう、魔王陛下、私は会いたくなかったが」    どうせ死ぬのだからと適当に返せば謁見の間にいた魔族全てに睨まれる。知るか。お前らが私を見つけたせいで死ぬ事が決まってる上に、折角助けてやったエンドに次に会う時は敵同士だ。    魔王がなんだ、そんなもんなりたくもない。    舌打ちした私に数人怯える。魔力量が随分と少ない。これならエンドの方が多いぞ。まぁあれは勇者なんだが。    「面白いな…アーロストベリー、いや、この呼び方は他人行儀だな、なんと呼べば良いか。アーロ、ロスト、ベリー…アベリーなんてのも…」  「他人行儀で結構だ、愛称で呼ぶことは許さん」    どうせ歴代でも一番強い魔王らしい私だ。不敬罪で殺せるなら殺してみろ。ふんぞり返る私に恐怖すら覚えたらしい数人が引きつった表情で硬直している。    「これは手厳しいな、初めて会ったと言うのに何故そんなに敵意を向ける?」  「王族の血を引くからと勝手に王位争いにぶっ込んだのはどこの誰だろうな」  「魔族なら感謝こそすれ怒りを覚えるのがおかしいんじゃないか?大抵の者は喜び勇んで争うぞ」  「少なくとも私は嫌だ、心底な、勝手に殺し合えばいい。私を巻き込むな」    にたにたと笑う魔王の顔立ちは整っているが気持ち悪い。吐き気までしそうだ。    「確かにアロンの子だ、顔立ちもよく似てるが性格まで似てるとは」  「父上の葬儀すら名乗り出なかった癖に馴れ馴れしい、私は王位を継ぐ気がないからな、王位継承権を剥奪しろ」  「してくれ、ではなく、しろ…ふ、ふははは!嫌だね!誰がするものか!」    記憶の中の父上は融通の聞く頼りになる方だったが、何故こうも違うのか。ダメ元で拒否ってみたものの、やはり変えられないようだ。    「下衆が」  「そんな口を聞く面白い存在はお前だけだぞ、アベリー」  「私をこんなに苛立たせたのもお前だけだ、この私の伯父とは到底信じ難い」  「くく、そうか?アロンにも似ているが私にも似ているような気がするがな、特に言動とか」  「はっ、寝言は寝て言え老害」  「そう言ってくれるな、悲しいぞアベリー」  「気色が悪い、お前を今まで王に据え置いていたこの国にゾッとする」  「ならお前がなればいいだろう?ほら、解決だ」  「耳まで遠くなったのか老害。私は王になるつもりは無いと宣言している」  「お前の王位継承権は生きている限り破棄させんぞ?」    死にたくなければ王になるしかないとほくそ笑む魔王。なるほど、びっくりするほどの外道だ。    「俺はお前がこの玉座にふんぞり返っている姿が目に浮かぶよ」  「仮に王位を継いだとしてもお前が触ったもの全て処分する」  「城は?」  「破壊するに決まってるだろ、そもそも要らん、どうせ私より弱い者しか居ない」  「よく分かってるな、つくづく同じ穴の狢だと思うがこうも嫌われてるのは虚しくすらあるぞ?」  「一生埋められない虚しさだな」  「本当に愛いやつよ」    いくら毒を吐こうと喜んで飲み込まれたら面白くない。怒りのひとつでも向けてくればいいものを。    いっそここで殺してやろうか。…いや、それこそ魔王の思う通りだろう。ちゃっかり生き残りつつ負けたから王位渡すなどとぬかしかねない。    「私は帰る」  「アベリーお前の家は今日から城だぞ?」  「アベリーと呼ぶな、アーロストベリーだ」  「可愛いお前に良く似合う良い愛称だろ?」  「…」  「今度は無視か?くくっ」    無言で謁見の間から立ち去り、帰路につこうとすれば兵達に止められる。…ただの兵ではない。人間の…しかも子供の奴隷兵だ。    「どけ」  「アーロストベリー様にはお部屋が…っ」  「…殺されたいのか」  「う、うう…でも、お部屋に…」    本当にあの下衆考えることが一々外道だ。私がエンド達を見送った帰りに迎えに来るとは、私が人間の子供を育ててるのも調べがついていたんだろうが悪趣味極まりない。    「…部屋はどこだ」  「は、はい!ご案内致します!」    老害、覚えていやがれ。    ────…それから暫く定期的に来る暗殺者を処理しつつ無駄に豪華なゴテゴテした部屋に籠るようになった。  部屋を出れば出たタイミングを察してるのかあの老害と毎回出くわすのだ。    それを避けるためでもあったし、他の王位継承権持ち達の邪魔はしないと体現するためだった。    …暗殺者の数は減らなかったが。    「今日はこれだ、持ち帰れ」  「…いつも貰ってしまってます…陛下に叱られてしまいませんか?」  「は、あれに私を叱ろうなどと考えはないだろう、面白ければ放置する愉快犯のような男だ、いいから持ち帰って売れ」    申し訳なさそうな少年兵に部屋の金品を少しづつ与えていればアーロストベリー殿下は人間の少年趣味だのと噂がたてられた。あの腐れ外道の仕業だろう。どうでもいいし、放置したら案の定なんか反応しろと部屋にまで押しかけてきた。    「なんで一々反応せねばならない?」  「つまらんだろう、俺が」  「失せろ外道」  「くくっ」  「…気持ち悪」    だんだんと暗殺者が増やされ、それを排除しているうちに全力の笑顔を向けてくる気持ち悪い爺に何故か王太子だと宣言された。本当に何故だ。私は部屋から出ていないし、そもそも一言たりとも継ぐとは言っていない。なのに何故私だけが残り、他は消えるのか。  強制的に連れてかれたパーティーで王太子として紹介され、ストレスで胃を壊しそうだ。あの糞ジジィ。    「…はぁ」  ドレスを脱ぎ捨ててソファーに寝転び、あの四人がいた頃の生活を思い出す。今思えばあの日々が一番満たされていたのではないだろうか。    将来性のあるエンドの成長は面白かったし、手を貸してやった時もあった。上手くいかなく泣いていたエンドを慰めた時もあった。    …元気にしているだろうか。  バローやクーリアも症状が落ち着いていればいいのだが。    魔王が許可もなく部屋に入ってくると私の寝転んでいる向かいのソファーに腰掛ける。    「淑女として少しは恥ずかしがったらどうだ?」  「紳士として淑女の部屋に入るべきではないだろ」  「それもそうだな気をつけよう」  「…やけに素直だな」  「……アベリーの即位式の日取りが決まった」  「今日王太子になったばかりだぞ!?」    何言ってるのか、理解出来ない。そもそも王太子になること自体おかしいのに、なぜ急に即位式までするのか。目の前の男は体調悪そうには見えない、急ぐ理由が全く分からない。    「俺の魔力が衰え続けている」  「…!?」  「国の守りの為に強き者を王に…それがしきたりでな、魔国で今一番魔力が多く強い者はお前なんだアベリー」    そんなことは知っていた。前世でも歴代でも一番強いと話があった。  だが、なぜ急に。  そもそも魔力衰える!?    「どういうことだっ」  「魔王は次の魔王が産まれると力が落ち始める。」  「…な、にを」  「俺の魔力が落ち始めたのは…アロンの長男ローアルドが話し始めた頃、その時点で次期魔王は決まった様なものだった、この事を知るのは王家の血を持つものだけだ。だがローアルドが魔王ではなかった…アロンの嫁になったユリナ、彼女の腹の中にいた子…それがお前であり魔王になる資格を持つ者だった。」    唖然とする。嫌に真面目に話し出すこの男の口ぶりが余計真実だと告げるようで耳を塞ぎたくなる。    「アベリー、お前が産まれ、俺の魔力は目に見えて衰えが早まった。四つになった頃リアナが新たに子を宿し…力をつけることを恐れた王家の血を持つものが暗殺を企て、お前以外が死んだのだ」  「っそれを、それを聞いたからなんだというんだ!私は何度も王になる気は無いと…」  「お前がならねば民が死ぬ」    嫌だと叫べたらどれだけ良かったろうか。こんな理不尽許されていいものか。強制するにももっと他の方法があっただろう。    「王家の血こそ、礎。魔王の力こそこの地に流れる龍脈の象徴…弱い王は要らぬ、そういうものだ」  「…弱い王ならばどうなる」  「魔国の地力が弱まり、作物は育たず弱い子が生まれる。魔物も増えるだろうな」  「なんで…なんで私なんだ!?」    前世でのゲームがこの世界の元だったならなぜ製作会社は…こんな設定を作ったんだ。私でなくても良かったじゃないか。よりにもよって、どうして…。    「俺も思ったさ、なんで俺がってな。俺よりもアロンの方が政治は向いていた。魔力は少なかったが良い王にもなれたろうに」  「…」  「言っただろう、アベリー。お前が玉座にふんぞり返っている姿が目に浮かぶと。現に俺の魔力は減少し、お前の魔力は増えていく。だから魔王は長命なのに代替わりが早いんだ」    受け入れたくなくて耳を塞ぎたくなる弱さをグッとこらえる。アーロストベリーだ、ただのアーロストベリーだ。いっそアーロでも良かった。    私は魔王になんてなりたくない。    人の敵に…エンド達の敵になどなりたくないのだ。    だけど。    「くそ!!!」    魔国の民を見捨てれるかと聞かれたら無理だと言えてしまう。    ああ、愚かだろう。先を知っていても変えられず、エンドに殺されるだけの魔王など。    偉そうなこと言って変えることも叶えれないこんな惨いこと。    「父上は私になにか…」  「なんとも、アロンにとってただの娘でしかなかったのだろう」  「…そうか」    失い続けた。たった一人で過ごした時間は長く、前世の記憶を思い出し、今までエンドを死なせない為に行動してきた。    「…もし、魔王になったら」  「なんだ?」  「人間国と同盟は…叶うか?」  「無理だろう、人間と魔族の歴史は千年も前から続いて…まさかお前の魔王になりたくない理由は!」    唖然とする魔王。意表をつけたのだと笑ってやりたいが気分ではない。    長い歴史で傷つけ続けといて手を取り合い平和にしましょうなど許されないのかもしれない。    「変えられないのなら、もう逃げもしないさ」  「アベリー…」  「結局夢でしか無かったんだろう」    エンド達とまた暮らしたい。また笑い合いたい。あの家で。昔を思い出せばその都度願い続け見続けた夢だ。    「私は魔王になる、たとえ反対されたとしても人間国との関係性を変えることはあきらめないが」  「好きにしろ、どうせ魔王など制約ばかりの損な役でしかない。好きに生きねば割に合わないだろうよ」    らしくも申し訳なさそうな顔で魔王はそう小さく吐き捨てた。    ───────エンドは後何日後に魔王を討ちに来るだろうか。    会いたいとも思うし会いたくないとも思う。…私が魔王となった姿を目にして彼は何を話し、行動するだろうか。    殺される側に回る羽目になるとは本当に…魔王なんてなるもんじゃない。静かな夜に浮かぶ真っ赤な満月がまるでエンドの髪を思わせる。    今日だけは泣いたって許されるだろう。生まれた時から魔王に選ばれるなど御伽噺よりもたちの悪い自分の未来を憂いて出た涙ではないとは言いきれるが、なんだか泣きたい気分だった。    泣いたのは…そうだ、家族を全て失ったあの日が最後だった。    ならばまた私は失ったからか。    いつの間にやら“家族”だと思っていたあの四人を。失ったから涙が出るのだろうか。    真相は私ですら分からない。ただ静かに浮かぶ紅月を見上げ、勝手に出る涙を止める気にはなれなかった。    ─────────────  ─────    「人間国から攻めてきました!!」  扉を思い切り開け放ち慌てた口調で近衛兵の一人が叫ぶ。執務室には私一人しかおらず、ゆっくりと深呼吸をした。    魔王となって半年。やはり魔王の代替わりが完全に終わる前に攻めてきたか。    「陛下どうなさいますか?」    近衛兵を押し退け、宰相が執務室に入ってくる。この宰相は私の次に王位継承権が高い。私が死ねば次期王になれるだろうから私を助ける気はさらさらないだろう。    私を殺させ、その後殺したやつを殺せばいいとでも思っているようなニヤついた笑みだった。    魔王の座についてからまず奴隷達の対応を変えさせるため、あからさまに奴隷商人に対して実際に思ってはいたが不愉快な顔を向けたり、上がってきた資料は軽く目を通すだけで拒絶した。    その後「昔、奴隷を買ったのだが、管理がしっかりとされておらず精神は壊れてるは体は壊してるは…服装を変えても体に匂いが残ってる最悪の状態だった。いくら奴隷だとしても買う側のことを考えるべきだと思うんだがお前はどう思う?」と城に来た奴隷商人に問いかけた。    「…そ、それは誠に…陛下に対して…失礼な…」  「そうか!やはりそう思うか!私はなそれ以来状態の悪い奴隷を目にすると売っている商人を殺したい気分になってしまうんだ、だがお前がそう言うのであればお前の所は違うということだろう?では後ほどお前の店を回っていこう。気に入るのがいるかもしれないからな」    顔を真っ青にして逃げるように帰る商人を見送るのを数回行い、実際に足を運ぶ事で環境は多少改善されただろう。  だが、人間に対して、灰魔族に対して差別的なことは何一つ変わっていない。    変える前にこうして勇者は来てしまったのだ。    「…お前らは責務に戻れ」  「ですがっ」  「いつも通りに、わざわざ人間が攻めてきたくらいで騒ぐなみっともない」    言い切る私にずっと不安げにしていたのを少しやわらげ近衛兵は頭を下げ帰っていく。宰相は残り私をじっと見つめてくる。    「何か用か?」  「…いえ、我が王は愚かでいらっしゃると思っただけで…!?」    宰相が驚愕の表情で私を見る。私はただ笑っただけだった。殺しにくるとはいえやはりかつての家族と会えるのは喜ばしいんだ。    「………私は貴女が分かりません」  「分からなくて良い」  「そうですか、実に可愛げがありませんね」  「魔王に必要な要素であるなら先王にも可愛げがあったか?」  「…失礼、アレよりはマシです」  「それは良かったな」  アレ扱いされる先王に本当にろくな事をしなかったんだろうなと書類に目を通しながらそんなことを考えていた。      夕刻頃にまた部屋に宰相が入ってきた。顔色は悪そうだ。    「どうかしたか」  「人間国の者が陛下にお目通りをと…武装したまま…来ています」  「そうか、なら謁見の間に案内しろ」  「本気ですか!?武装したままですよ!?」  「だからどうした」  「あれは人間らしくない力を持っています。もしかしたら陛下も…」    宰相の物言いが意外で数回瞬きの後大きく笑った。    ああ、今日は本当に良い日だな。    「陛下、笑い事では…」  「私が居なくなればお前が次の王だ」  「…な」  「なりたかったろう?お前は避難でもしとけ」  「なにを…っ」    今日私は死ぬのだろう。それでも良い日であった。死んでもいいくらい良い日だった。そういうことにしておこう。    「早く行け、ルガロー」  「…はい」    立ち去る宰相(ルガロー)を見送り、冷めた紅茶で喉を潤すとエンドはどれほど強くなったのだろうかと楽しみに思いながら謁見の間へ向かった。    私が玉座に座り待っていれば扉が開き、数人が中に入ってくる。予想通りバロー、クーリア、エマの三人とエンドだった。    赤い髪は前よりも燃えるように見えるし、バローやクーリアも元気そうだ。もちろんエマも変わらず。    「元気だったか、お前ら」  「アーロ様…?」  「何故!」  「どういうこと…?」  「嘘だ!嘘だ嘘だ!!」    バロー、クーリア、エマ、エンド。揃いも揃って顔色を悪くして私を見上げている。    「嘘じゃないさ、エンド」  「貴女が魔王なわけがない!」  「見ての通り魔王だ。魔王しか玉座は許されない。当たり前のことを聞くな」  「っ会いに行ったのに!貴女のいるはずの家は空っぽで…なんでこんな…魔王なんかになってるんだよ!」    泣きそうな声を聞くと私まで泣きたくなってしまうだろ。口に出せない文句が出そうになるのをため息で誤魔化す。    「アーロ様っ」  「お前らは私の奴隷ではもうないだろう?思い出せお前達は何しに来た?」  「俺…俺たちは…」  「言ってみろ」    あの日々を思い出すと自然と口調が柔らかくなってしまった。自分がこんなに未練がましいと思っていなかった。    「魔王を…討ちに来たんです」  「だろうな」  「……」  「どうした、浮かない顔をして、殺すのだろう?」  「なんで…?」  「久々に会ったらまるで買ったばかりの時のようではないか、なんでなんでと子供のように。」      なんで笑ってるのとエンドが言って泣きそうに顔をくしゃりと崩す。    「さぁ、おいでお前たち相手をしてやろう」  「あの日と同じ顔で、同じ姿で、同じ言葉で…玉座(そこ)にいるんですね」  「当たり前だろう、私はいつだって私なのだから」    エンドが泣きながら剣を振るう。魔力が乗った良い剣だった。見たことの無いものだからきっと人間国で手に入れたのだろう。  バローも眉にシワを寄せ、険しい表情で詠唱を初め、クーリアもエンドのカバーに回る様に悔しそうに剣を抜き、エマまでらしくもなく泣きそうに弓を引いた。    あぁ、懐かしいなお前たち。      ずっとずっと会いたかったんだ。  お前たちを手放して城に連れてこられた時からこの日が来ることは何となく察し始め、皇太子になった日に逃れられないならと覚悟を決めた。    私が出来る事はお前たちに殺されることしか残っていないだろう。    そうしたらお前たちはきっと魔族も蔑ろにはしないと思うから。大変だろうと思うが、頑張ってくれよ。    「アーロ様!!」  「そんなに泣くなエンド」      私は今幸せだぞ。元気なお前たちの姿を見れた。ゲームでの魔王戦とは異なるが、とても心にくる。    「なぜ俺たちをあの日買ったんだ!」  「居たからだ」  「師匠たちまで!?」  「もちろんだ」    居たから。居たから思い出したんだ。前世の私の事。前世のゲームの中で死ぬ運命だったお前のこと。    そう考えるとエンドと私はよく似ていた。    二人ともあのゲームの中で死ぬ運命だったのだから。    「エンド、雪色の花は知らないか?」  「戦いながら聞くことですか!?」  「知らないのか」    永遠の花。咲く条件は一体なんだったのか。私の死が変わらなかったなら永遠の花も何らかの方法で手にしてくると思っていた。    「そうかぁ」    エンドは強くなった。バローもクーリアも、エマも。見違える程に。  だが、私は膨大な魔力を持ち、成長が止まることもしていない。    力量差がありすぎた。    するりと張っていた結界から力を抜く。呆気なく突き破った魔法、エンドの剣、クーリアの剣、エマの矢。    あぁ、綺麗だ。    「え?」    唖然と私に突き刺さった剣を握ったエンドが目を見開く。泣き腫らして充血しているのが痛々しい。近くにあるエンドの目元を指でなぞり回復魔法をかけて頭を撫でた。    「いい子だったな」  「あー、ろさ…ま」  「よく頑張ったな」  「今…結界…」  「バロー、クーリア、エマ…三人もおいで」    唖然とした三人も目の前の光景が信じられないのだろう。目を見開き、震えていた。    腹に深く刺さった剣に血が伝う。ぼたぼたと落ちていき、床とエンドを汚していく。    「アーロ様回復魔法かけますからて…エンド剣を抜け…ゆっくり」  「いいんだ、バロー」  「っさっきから何度やっても、抜けないんだ」    せっかく治してやったというのにまた泣き出すエンド。クーリアやエマまで泣き出してらしくないな。    「いいと言ったろ」  「良いわけない!」  「なんでだ?」  「このままじゃ…アーロ様が死んで…あ」  「魔王を討ちに来たのだろうよ」    はっと息をのんだエンドと血の気が引いた三人。    私は四人の顔を見回す。あぁ、だが、さすがに疲れたな。腹に穴があくのはこんなに疲れるのか。    「エンド…寝かせてくれ、疲れた」  「はい…ずっ」     鼻まで垂らして泣くのを堪えようとするエンドが可笑しくて、笑っているとエマが寝かされた私の左手を握ってくる。    「わざと…結界解いた」  「解いていない」  「でも明らか弱まった」  「はは、よく話すようになったなエマ」  「…うん」    我慢できなかった涙がぽたぽたと落ちるのを見守る。私の手を頬に当て熱を確かめるように目を伏せエマは少し不満そうに口元を歪ませた。    「貴女のおかげ」  「そうか」  「なんで貴女はいつも私達に優しくしてくれたんだ?」  クーリアが床に膝をつき剣をつきたてマントを脱ぐとたたんで私の頭の下に枕代わりに入れてくれる。    「ただの気まぐれだ」  「…いつもそうやってはぐらかしていたな」  「そうだったか」  「優しくする癖に歩み寄る事は許してくれなかった…いつだって」    クーリアは聞けばよかった、無理にでも。と悔いる様に続けたが、私が答えることなどなかっただろう。    「俺とクーリアは買い手が決まりかけていたんだ、あの日本当は…だけど貴女が俺たちをまとめてひっくるめてあの地獄から救ってくれた」  「珍しく饒舌だなぁ、バロー」  「…言わなきゃ伝わらないと分かったんだ、でないと貴女はのらりくらりと去ってしまう」  「耳が痛くなる話だな」    心地よい気分だ。私の血が抜けて行くのが分かるのに、気分は悪いというのに。どうしてこんなに心は軽いのか。    「エンド、もう泣くな」  「…っ…だって!」  「泣き虫め」  「アーロ様、嫌だ…死なないでくれ」  「お前達は魔王を討ち人間国を建て直すために来たのだろうが、甘ったれるな」  「やっぱり知ってたんだ…俺たちが来るの」  「当たり前だろう、私だぞ」   冗談めかして言ってやったのに余計泣く勢いが増している気がする。とうに成人は迎えているだろうにまるで子供のような奴だ。    「次期魔王は現宰相がなるだろう」  「…」  「私より随分と弱いが、その分融通は聞くだろうし、奴隷に対して良くも悪くもなんの感情も持っていない…良い奴では無いが、悪いやつでもない…きっとうまくやってくれる」  「アーロ様…」  「先王も弱体化している。魔族たちの力も私の死後弱まるはずだ、機会を逃さず活かせ」  「もう…いいから」  「奴隷たちの環境は多少は良くなっているはずだが、できるだけ迅速に奴隷商人は討て逃げられ…エンド?」    ぎゅっと頭を抱え込むように抱きしめられる。首が痛いからやめてくれと言いかけた言葉は出なかった。全員が言葉も出せないほど泣いていた。    「…私は幸せだった」  「え?」  「両親と兄弟をなくし、一人きりになり生きてきて…お前達を買って…以来はずっと幸せだった。お前達を人間国に返すのは本当は嫌だったんだ、だが、人間は弱いからなぁ…」    ぎゅっと抱きしめる腕に力が少し入る。    「でも、よかった。結局私は魔王になるしか無かったし、お前達の相手が私でよかった」  「そんな訳ない…そんな訳ないよっ」    エマが声を荒らげる。    「アーロ様じゃなかったら、私達こんなに泣いてない…こんなに人間に生まれてしまったこと後悔してない」  「…はは、私はこれでよかったと思っているんだ」    私が前世の記憶を思い出さなければこの場にいる全員が死んでいた。世迷言でもなく本当にそうなっていただろう。    「俺たち…人間国と魔族の関係をどうにかしたかった…人間国に帰ったら人が全然いなくて…」  「あぁ」  「だから…弱くはない、見下される理由などないのを証明のために」    不器用だ。私もお前達もこんな筋書きにした神なのか人間なのかそんな存在も、皆。    「でも、人間国やどうのこうのよりも一番の本音は貴女の側へ帰りたかった…」  掻き消えるような小さな声でエンドはゆっくりと吐き出す。    「帰りたかっただけだったはずなんだ、勇者だなんだってはやし立てられて、本当に英雄になった気になって…こんなところで…貴女を刺して…俺は何をしているんだろう、なんてことをしてしまったんだろう」    苦しそうな声に思わず出たのは私はずっと言えなかった本音の言葉だった。    「私はお前達を愛しているよ」  「っ」  「だから、お前達のためになんだってしてやりたいと思うし、してきたんだ…幸せになれ」    腕を離され、再び全員の顔が見えた。誰も彼もが泣きじゃくっていて壁にはいつの間にかルガローが立っていた。なんとも言えない顔で私をじっと見つめて。    「ルガロー…頼んだ」  「……はい、陛下」  「アーロ様、アーロ様は…もし、やり直せたとしても同じようにするんですか?」  「…何度繰り返したとて、同じだろうよ、エンド」    あぁ、私はちゃんと笑えているか?  傲慢に、堂々と、自由に、誇り高く。    「私は私だ、エンド…たとえやり直せたとしても私は変わらない」  「…あの家で過ごしたこと、俺たちは忘れられません。他に温かく、満たされて、安心できた場所を知りませんし、あの家以上になる場所もないです」    エンドは泣きながら必死に笑おうとする。私が笑っているからだろう。    「貴女が褒めてくれた時、本当に嬉しかった。貴女の作るスープが本当に好きだった、同じ作り方なはずなのに貴女の作るものは違う味がした」    不格好で、せっかく綺麗な顔なのに涙でぐちゃぐちゃだ。    「アーロ様、貴女は私達四人の師であり親であった…」  クーリアもゆっくりと微笑みを作って。  「アーロ様、話すのが苦手な私に…嫌そうな顔もせずいつも話すのを待ってくれて…嬉しかった」  エマは笑みを作れずまた口元を歪め泣いて。    「アーロ様、俺は魔法しか出来ない奴だったが、貴女は何度も丁寧に教えてくれた…一人でできるよう…だが俺たちは何一つ返せてない」    バローは悔しげに眉を顰めて。    「陛下、貴女は歴代で一番強く恐ろしい魔王だった…だが同時に一番愚かなほど優しすぎる魔王だった」  ルガローがそう言って部屋を出る。見送りは四人に任すということだろう。    視界が霞む中。ずっと四人を見ていた。    「あぁ、魔王なんて本当に損な役回りだったなぁ」    好きなこと出来ない上に、自由に出かけることすら叶わん。好きでもない奴らの話を聞かななければならないし、いちいち責任だ保証だと喧しい奴もいる。二度とやりたくもない。    「ありがとう」  四人に届いたか分からない。最後は声も耳も聞こえなくなってしまったから。届けばいいとは思う。  それくらい許されてもいいだろう。    私は頑張ったのだから。      ───────  魔国歴1012年  炎の月20日  13代目魔王、アーロストベリー死去。    人間国が魔王を討ち、遺体を返すことを条件と魔王の遺言により和平への足がかりとなる奴隷廃止、人間国への帰国を誓約。3年後に実現させた。    魔国歴1022年  14代目魔王、ルガロアーベルと新たな人間国王、エンド・オーランドは和平を結ぶ。  人間国は国の名をアーロ国へ改名。    魔国歴1023年  英雄エマとエンド王結婚。翌年第一子誕生。    魔国歴──────      「その先はないのか?」  「んー…無いんじゃないか?」  「…クーリア、ちゃんと探してるだろうな?」  「探してます探してます」  「アベリー様、アーロ国からお客様です」  「エマ、クーリアがサボってるとバローに伝えとけ」  「わかりました」  「え!?」  「…伝えなくてもここに居ます、お客様がどうしてもというのでお通ししました。クーリア後で話がある」  「バロー…!?」  「…アーロ様?」    銀の美しい腰までのロングヘアーに意志の強い真っ赤な瞳のアベリーを見て真っ赤な髪の少年はゆっくりと微笑む。    「アーロ?私はアベリーだ、お前は誰だ」  「アベリー様、僕はアーロ国第四王子エンド・オーランドです。今度こちらに留学にこさせてもらうことになりましたので挨拶に来ました、僕のことはエンドと呼び捨てでお願いします」  「エンド?なら私の名も呼び捨てで…」  「いえ、許されるなら是非アベリー様と」  「…好きにしろ、エマティータイムだ」  「はい、アベリー様」        真っ赤な髪の王子…エンドは幸せそうに安心した様子で微笑んだ。まるでずっと来たかった場所に来れたかのように。    13代目魔王の墓の側には雪色の花が風にそよぎ咲いている。まるであの美しい銀の髪を思わせる雪色の花は枯れることなく咲き続けていた。ただ一輪、凛と咲く花をかつてのアーロ国の初代国王が足を運んでは花に語り掛けていたという逸話がある。    魔王の墓に咲き、かつて勇者と言われた国王が愛した永遠に咲く花。    人はその花を永遠の花と呼び、その王と花の話をする時決まって『これは“勇者と永遠の花”のお話』と始めるのだった。          
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