私だって男にモテたい

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(いずみ)・・・ 女でも男でもある名前・・・子供のころは男の子に間違えられた。そして、女の子にモテた。 小学校の時も・・・ 他の子より頭一つ大きい私、栗毛色のショートヘアにパッチリお目目。 成績優秀。スポーツ万能、スマートでクール。 このまま男ならホント王子様・・・ 他のクラス、学年の子からも見つめられる毎日、バレンタインの時などは男の子よりも多くチョコレートをもらう始末。 私は・・・ちっともうれしくない。 中学、高校も似たようなもの。 背が高かったからバスケ部にいつのまにか入部。 キャーキャーと騒がれる毎日。 私は・・・ちっともうれしくない。 段々と笑わなくなる・・・余計カッコイイらしい・・・ はやく脱失したい・・・ 高校2年生。 大学進学にあたり、悩まなければいけないことがあった。 ウチの家系は秀才ばかり。 父は大学病院の心臓外科勤務。 おじいちゃんは歯科医。 6歳上のお兄ちゃんは、医者はイャだと両親と大喧嘩をして、法学部に入り、既に司法試験に合格している秀才。 私は・・・どうしよう。 勉強は苦労しなくても成績が良い。あまり勉強したことない。特にやりたいことが見つからない・・・ 母はこの家で唯一の普通人。家庭を守っている。でも母のような生活も私には向いていない。 どうすればいいの? 悩む・・・進路提出が間近・・・その前に両親との話し合い・・・ アーどうしよう・・・  いつも私の悩みを聞いてくれる優しいおじいちゃんに相談しようと思い立ち、電話をした。 「おじいちゃん、元気? お願いがあるの。」 「泉か。なんだ? お小遣いか? 」 「違うよ~、相談のってくれる? 」 「ほー、相談ね。いいよ、いつがいいんだ? 」 「おじいちゃんと2人で外食したことないよね。どこか連れて行ってよ。」 「そうか、そうか、いいねー。おじいちゃんもバーさんが亡くなってから出歩かないからなー。どこに行きたい? 」 「えー、ファミレスでいいよ。」 「そのなところでいいのか? どこでも連れて行ってやるよ。」 「いいよ。ずっと居られるし、気兼ねなく話せるし・・・」 「わかった、それでいつがいいんだ? 」 「明日の夜は? 」 「いいよ。ちゃんとお母さんに伝えて出てくるんだぞ。」 「わかっているよ。おじいちゃんのお家に18:30に迎えに行くのでいい? 」 「わかった。じゃ、明日な。」 「うん。」  当日、ファミレスでそれぞれが食べたいものをオーダーした。おじいちゃんは和食系、私はハンバーグ。これができるからファミレスは便利。  料理が出てくるまで、おじいちゃんに話を切り出した。 「私、そろそろ進路決めなきゃいけなくて、何したいかわからないんだよね。どうしたらいいと思う? 」 「そうか、もうそんな年か。そうだなー・・・。おじいちゃんは既にレールが引かれていて、歯科医しか選択肢がなかった。でも、この年になって多少は他のことしていたらどうなっていたのかな? と思うこともあるけど、大半はこれでよかったと思っている。バーさんも歯科技能士だったから、ずっと一緒にいられたし、幸せだった。 「泉はなりたいものがわからないと言ったけど、なりたくないものはあるか? 」 「うーん。お父さんのような勤務医、おにいちゃんのような弁護士、母親のような専業主婦、みんなイャ。」 「おいおい、そりゃまた何でだ? 」 「お父さんは忙しすぎる。夜でも呼び出されたり、当直があったり、とにかく時間が無い。前にお母さんが具合悪くなった時にも家にいなかった。医者のくせに・・・と少し恨んだ。 「お兄ちゃんは、死ぬほど勉強してた。私にはあんなのできない。それに、立派な仕事だとは思うけど、犯罪や人のイャな部分をいつも見ていなければいけないのって私はイャ。 「お母さんは、いい人だけど人の為だけに生きているみたい。なんかかわいそうで、そんなのも私はイャ。」 「そうか・・・泉ははっきりしているな。」 「それとね。私、女の人が少ない職場がいい。というか、男だ女だと言われない職場がいい。」 「そりゃまたどうして? 」 「私ずっと、仮想王子様の人生だった。小学校から今まで。女の子にキャーキャー言われて。私は女だっていうの! でもね、そう言いながらも男の子には負けたくないという気持ちも強かった。勉強にしてもスポーツにしても。」 「そうか。そういゃ泉が小学校の時、一度だけ運動会のリレーで男の子に抜かれて大泣きしたことがあったな。」 「あった。チビのくせにやけに足が速くて、それからもあいつにだけは勝てなかった。」 「あの子は何て言ったかな? 」 「木村(きむら) 大河(たいが)。中学入学と同時に引っ越しちゃったから、もう5年は会っていない。」 「そうか。いい子だったな。」 「いい子? いつも私を負かして、満面の笑みを浮かべてた。私にとっては憎たらしい子だよ。」 「そうか。でも、泉はあの子と対決の時は必死だったし楽しそうだったけどな。」 「そうかな、まぁ他に敵はいなかったからね。」 「だから、男の子と競いたいのかな? 」 「そうかもね・・・」 「・・・なぁ、泉・・・おじいちゃんの跡を継がないか? 」 「歯科医っていうこと? 」 「そうだ。おじいちゃんはまだ少しは働けるけど、いずれは引退だ。あの医院もだれかを雇うか、閉めるかだ。出来れは知っている人に継いで欲しい。泉ならなおいい。どうだ、歯科医にならないか? 」 「歯科医ね・・・考えても見なかった・・・」 「大学だって、争える人は男女ともにいると思うし、勤め始めたら周りは煩わしくない。定年制もないから、やりたい年まで働ける。それに泉は手先も器用じゃないか。どうだ、せっかく土台があるんだ、考えてみないか? おじいちゃんの医院をくれてやる。」 「うーん。考えてみるよ・・・ありがとう、おじいちゃん・・・」 私はしっかりと大きなパフェも食べておじいちゃんと別れた。  他におもい浮かぶ仕事もなく、親におじいちゃんの跡を継ごうかなーってチラッと言ったらめちゃめちゃ喜ばれて、後に引けなくなった。  あれから13年、無事歯科医となりおじいちゃんの歯科医院を継いだ。おじいちゃんは私が歯科医として働きだして1年が経った時、安心したかのようにポックリ亡くなってしまった。もっといろいろ教えて欲しかったのに・・・  気が付けば、神崎歯科医院には女性しかいなかった・・・ 私、 助手、 歯科技工士、 受付、 4名。みんな女性・・・ こういう運命なの私は・・・ 氏名 神崎(かんざき)(いずみ) 年齢 30歳 身長 174㎝ 体重 62㎏ 職業 歯科医、開業医 趣味 スポーツ鑑賞、旅行、食べ歩き  親が心配して結婚相談所に勝手に登録した。登録してもなかなかオファーはこない。担当さんが心配して、お見合いパーティに出てみないかと誘ってくれた。最近髪の毛を伸ばした。顔は見られないわけではない。座っている時はそこそこいい感じに話は進むものの、立ち上がるとやはり背の高いのが良くないのかダメになる。最終的には私が気に入る人からのオファーはこない。 たまに私に興味を持ってくれた人は、大抵チビか、気弱な人・・・やっぱり男は私に勝てるような人でないとダメ・・・  もう、3回も出たけど、無理。もうパーティも出たくない。落ち込む・・・  パーティの帰り、幼馴染のやっている居酒屋に行った。 「(とおる)君、ビール。」 「泉、またお見合いパーティ行ったのか? 」 「悪いか! 」 「その顔じゃ空振りだな。」 「放っておいて! 」 「アハハ! 焦るなって、ダメなら俺が貰ってやるから。」 「徹はない! 」 「アハハ! はいはい、泉様。」 「注文! イカゲソと、揚げ出し豆腐。あと焼うどん。」 「まいどー。」  徹は、2件となりに住んでいる幼馴染。 徹のお姉ちゃんと私が同級生で、徹は2つ下。いつもなんかイャなことがあればこの店に来て、バカなことを言い合う気楽な間柄。  こんなやつが彼氏ならいいのかなって一瞬よぎったこともあったけど、私より背は低いし、歳も下。ないよね。  毎日、さほど変わりのない日々が過ぎていく。患者さんの多くはお年寄りと子供。若いカッコイイ男性なんて来やしない。夜の開業にしたら来るかもって、従業員の皆に話したら、それなら働けないから辞めるという。辞められてしまったら仕事にならないから断念・・・。  私、やっぱり男の人には縁が無いのかしら・・・  ある日、受付の子が慌てて私のところにやってきた。 「泉先生、外国人の方からお電話が入っていて・・・代わってもらえませんか? 」 「外国人? 患者さん? 」 「そうみたいです。日本語片言で・・・」 「英: はい、お電話代わりました。 「英: 私、ダニエルと言います。近くの語学教室で英語の講師をしています。昨晩から歯が痛くて、顔も腫れています。診ていただけますか? 「英: わかりました。では、パスポートとお勤めの会社様の社員カードをお持ちください。保健証もお持ちならお持ちください。今痛いのですよね。直ぐに来られますか? 少しお待ちいただくと思いますが。」 「英: はい。直ぐ伺います。ありがとうございます。  ダニエルは30分位でやってきた。 背が高く、髪の毛は金髪のクリクリの美男子だった・・・ハズ。顔が見事に腫れていて可哀そうな状態だった。  タイミング良く患者さんがいなかったので、ダニエルを直ぐに診察することが出来た。 「英: ダニエルさん。どうぞこちらに。」 「英: はい・・・」 「英: では口開けてください。あー、虫歯ですね。菌が歯茎にも入って、炎症を起こしていますね。ちょっと痛いかもしれませんが、虫歯の治療をします。」 泉は治療をした。 ダニエルは必死に口を開け、目をギュッと閉じている。 (まつ毛長―い・・・) 泉は治療の途中にダニエルのかわいい顔を眺めた。 「英: 終わりましたよ。」 ダニエルは目を開けた。すがるような目だった。 「英: うがいしてください。炎症が起きていますから、飲み薬を出します。薬は飲み切ってください。」 「英: わかりました。ありがとうございました。」 「英: 少し歯垢があります。この際クリーニングをされたらどうですか。」 「英: はい。お願いします。」  泉は今日の一回だけで治療を終わりたくなかった。次の週に予約を取ってダニエルは帰っていった。  次の週、ダニエルはクリーニングにやってきた。 「英: この間はありがとうございました。次の日にはもう痛くなかったです。」 「英: それは良かったです。今日はクリーニングをします。」 「英: はい。お願いします。」 ダニエルは今日も目をしっかりとつむっている。手はイスをしっかりと握っていた。 (この人、歯医者怖いんだ・・・大きな体してカワイイ・・・) 「英: 終わりましたよ。これからも定期的にクリーニングをなさるといいと思います。」 「英: わかりました。ありがとうございました。」 (あーあ、終わっちゃった・・・)  休みの日、泉は近くのスーパーに食材の買い出しに出かけた。行にいつもは通らない道を通った。 (たしか、このあたり・・・語学教室・・・あった。ここだ。いるわけないよね・・・) 突然ドアが開き、ダニエルが出て来た。 余りのことに泉はびっくりして立ちすくんだ。 「あっ、神崎センセー。」 「英: どうなさったのですか? 」 「英: 買い物に行くところです。」 「英: 夕飯の? 」 「英: はい。」 「英: えーっと。今日は僕にごちそうさせてくれませんか? 」 「英: えっ、なんで? 」 「英: この間のお礼です。ホント痛くて死にそうだったので・・・」 「英: でも治療するのは仕事ですから・・・」 「英: そんなのいいじゃないですか。僕お腹空いてマス。それに行きたい店あるのですが、どう頼んでいいかわからなくて・・・付き合ってください。」 「英: わかりました。では、友人ということで、お付き合いします。」 「英: ホント。嬉しい。アリガトー。」 「英: で、ダニエル。どこに行きたいの? 」 「英: 少し駅の方に行ったとこにある赤い提灯のある店デス。」 (徹の店だ。) 「英: OK! あの店は私の行き付けよ。」 「英: ホント? 」  ダニエルは目をキラキラさせて泉の顔を見た。 — いらっしゃいませー。 「徹? 今日は2人ね。」 「・・・2人? 」 「そう、カウンターではなく椅子席にして。」 「うん・・・わかった・・・」 徹はダニエルを見て、気が気ではなかった。 (こいつ誰だ? かっこいいし、背も高い。なんだよ泉・・・こんな男を俺の店に連れてきやがって・・・) 「何にする? 」 徹はムッとしながらも泉に聞いた。 「英: ダニエル、まずはビールでいい? 」 「英: OK。」 「徹、先ずはビール生大ジョッキで2つね。」 「あいよ! 」 (泉のやつ、かっこいいじゃないか、こいつと英語で話しやがって。クソッ! ) 泉はダニエルにメニューの説明をしていくつかの料理を選んだ。 徹は泉とダニエルが楽しそうに話しているのが気に入らなかった。 「徹、から揚げとイカゲソ、刺身の盛り合わせ、大根サラダ、それと枝豆。」 「まいどー。注文いただきました~」  徹はずっと泉たちを見ていた。仕事に気が入らなかった。 (どうすりゃいいんだ。まったく・・・泉・・・)  ダニエル・マッケンジー 31歳。フロリダ出身。英語の先生。日本に来てまだ2ヶ月だという。同郷の同級生がこの語学学校に勤めていて、日本の良さを彼から聞いたのがきっかけで、一度日本に来てみたかった彼は、直ぐに来てしまったという。そして、その彼の家に住んでいるという。  日本語は少し勉強していた。聞き取れるが、話すのはイマイチ。授業には差し支えないが、ついつい英語がわかる人とは英語で話してしまうという。 「英: ダニエル? どう? 美味しい? 」 「英: 神崎センセー、みんな美味しい。刺身も枝豆もアメリカで食べたことあるけど全然ちがう。こっちの方が美味しい。チキンもなんか美味しい。」 「英: よかった。何食べても美味しいのよこの店。日本では、このような店をイザカヤと言います。気楽に食べて飲めるとこよ。」 「英: 気に入りました。」 ダニエルは何でもトライをして食べた。納豆だけはダメだったけど、他の物は皆食べた。 2時間は店にいた。 「英: 神崎センセー、ありがとう。ホントここ最高です。」 「英: ごちそうになってしまって、ごめんなさいね。割り勘にしようと思ったのに・・・」 「英: 割り勘・・・日本人面白いデス。アメリカでは男性がおごるのは当たり前ね。また、付き合ってくれますか? 」 「英: はい。喜んで! 」 「英: 神崎センセー、お家まで送ります。」 家の前で、 「英: ダニエル、今日はごちそうさまでした。楽しかった。」 「英: 泉さんって呼んでいい? お店の人がそう呼んでいた・・・僕もそう呼びたい。」 ダニエルは泉の身体を抱きしめて、キスをした。 「英: 泉さん、僕あなたのこと好きです。付き合ってくれませんか? 」 いきなりの告白だった。抱きしめられるのも・・・キスをされたのも・・・初めて。 目の前が真っ白だった。 「英: ダニエル・・・」 ダニエルはまた、泉を抱きしめてもう一度キスをした。 「英: あ・・あまり急がないで・・・」 「英: そうね、急ぎすぎた。ゴメンネ。今日のところはね。またね、泉。近いうちに連絡するよ。」 ダニエルは名残惜しそうに帰っていった。 泉は舞い上がった。どうしよう私・・・初めての彼氏・・・外人・・・  次の日、仕事に身が入らなかった。 医院のみんなは、泉に何があったか? と落ち着きが無かった。  徹は寝れなかった。 (泉のやつ、あんなに楽しそうに、俺の前でもあんな笑顔を見せないのに。クソッ。どうすりゃいいんだ。) もやもやした。イライラした。何も手にも付かなかった。 「徹いる? 」 徹の姉の喜美子(きみこ)(泉の同級生)が実家に来た。 「姉ちゃん、どうしたの? 今日はなに? 」 「近くまで来たから寄っただけよ。お父さんとお母さんは? 」 「出掛けているけど、もう帰って来るよ。」 「なんかあんたさっき叫んでなかった?  なんかあったの? 」 「何でもねーよ。」 「その顔は何かあったね。あんたすぐ顔に出るから姉ちゃんには分かるよ。言ってみ? 」 「クソッ。・・・泉のやつが彼氏を店に連れて来た。」 「えー。泉に彼氏できたの? アハハ! どんなやつ? 」 「アメリカ人。語学学校の英語教師。背が高い。ハンサム。31歳。クソッ。勝てるとこないじゃないか。」 「あんたまだ泉のこと好きだったの? 」 「悪いかよ! 」 「アハハハ。面白―い。ちょっと泉のとこ行ってからかってこよう。」 「テメー、余計なこと言うなよ。」 「ハイハイ。」  喜美子が医院にやってきた。受付の子が喜美子を見た。 「あれ、喜美子さんお久しぶりです。」 「久しぶりねー、もうすぐ診療終わりだよね。」 「そうですね。今診療されている方が最後です。」 「少し待っているね。」 「どうぞ。でも今日はどうされたのですか? 歯が痛いですか? 」 「いゃ。泉に彼氏が出来たっていうから、からかいに来た。」 「え~。ホントですか、それ? 」 「ありゃ、みんなまだ知らないの? 」 患者さんが治療を終えて出て来た。 会計を済まし、患者さんが医院を出られるのを今か今かと皆で待った。 患者さんが帰られた。 「泉~聞いたわよ~」 「あれ? 喜美子、どうしたの今日は?  何? 」 「彼氏が出来たんだって? 」 泉は赤くなった。 「誰がそんなこと言ってんの? 」 「徹だよ。落ち込んでるよアイツ。」 「待って? 徹がなんで落ち込むの? 」 「あいつ ずーっと泉のこと好きなんだよ。わかんなかった? 」 「冗談だと思ってたよ・・・」 「徹 可哀そ~。それより、彼氏外国人なんだって? 」 聞き耳をたてていた医院のみんなが、「エーッ。あの人? 」と大きな声を上げた。 「ちょっと、みんな・・・」 「だって今日一日泉先生おかしかったから・・・」 「そんなことないわよ。」 喜美子は泉に詰め寄った。 「何があった? 泉、話てしまえ~! 」 「昨日初めて一緒に食事した。徹のとこで。うちまで送ってもらって、家の前で付き合ってほしいと告白された。・・・キスもされた。」 「きゃー」みんなが叫んだ。 「さっすが外国人だね。展開はやーい。それで、それで、泉はどうなのさ? 」 「・・・きらいじゃないかな。・・・たぶん好き。」 「きゃー」みんなはまた叫んだ。なんだかみんなで盛り上がってハイタッチしている。 「ならいいじゃない。付き合っちゃいなよ。」 「もー、みんな簡単に言うんだから・・・」 「簡単なのよ。上手くいくときはね。泉よかったじゃん。初彼氏!! あー久しぶりに面白かった。来てよかった! もう子供待っているから帰るけどさ、また聞かせてねー。頑張れ泉~」 台風のように喜美子は来て、帰っていった。  その日はダニエルからの連絡はなかった。泉は、安心したような、寂しいような・・・葛藤の夜となった。  次の日の夜、診療が終わる時間にダニエルが医院に来た。 「神崎先生オネガイシマス。」 「お待ちください・・・」 受付の子はバタバタとあわてて泉のところに来た。 「泉先生~ ダニエルさんいらしてますよ。」 泉は真っ赤になった。 「もうすぐ終わりますから、外で5分待っていてと伝えてください。そうか・・・」 泉はメモを書き、受付の子に渡した。 「これ、神崎先生からです。」 メモをダニエルに渡した。 「OK! Thank you! 」  泉は急いで支度をして医院を出た。 出るときはみんなにからかわれて大変だった。 ダニエルは外で待っていた。 「英: 泉さん。急にゴメンナサイ。」 「英: 驚いたわ。どうしたの? 」 「英: 友達に泉さんのこと話したら、紹介しろってうるさいから。今日一緒に夕飯食べてもいいかな? イャなら僕と2人でもいいよ。」 泉はうれしかった。友達に会うのは恥ずかしいけど、紹介してくれるのはうれしい・・・ 「英: いいわよ。」 「英: ありがとう。友達はボブ、僕と同郷で学生時代からの友達。彼は駅で待っています。」 「英: ボブ。待った? 」 「英: 今来たとこだよ。」 「英: ボブこちら神崎 泉さん。泉さんこちらボブ。」 挨拶をかわした。おひげがあって、少しふくよか、でも優しい目が印象的な人だった。 その日は3人で回転寿司に行った。 ダニエルは面白がっていて、それを見ているのが楽しかった。 食べ終わると、ダニエルは用事があると言って帰っていった。きっと気を使ってくれたのだろう。 「英: 泉さん、今日はありがとう。僕の我儘聞いてくれて。」 「英: ううん。嬉しかった。友達紹介してくれて。」 ダニエルは泉にキスをした。 「英: 泉さん、僕 泉さんともっと一緒に居たい・・・」 泉はうれしかった。でも明日は出張の学会だった。朝も早かったので、今日はここでとダニエルに言って別れた。 (心臓が持たない・・・)泉はドキドキしながら家に帰った。  次の朝は早かった。広島で歯科学会だった。全国から歯科医が集まり、様々な臨床例が説明される。聞くのは勉強になる。  会場は結構な人の数だった。 受付をすると医院名と苗字の書かれた札を渡された。胸当たりに付けた。 席は既にけっこう埋っていた。  余り前すぎないで、でもスクリーンが見えるところ・・・と探していると、 「先生、ここ空いていますよ。スクリーン見やすいですよ。」 そう言って誘ってくれる人がいた。 〇〇歯科大学××研究室 (とどろき)、と名札にあった。知らない人だ。 「ありがとうございます。」 椅子に着いた。 轟は泉を見てニコッと笑った。 (知らない人。チャラい。あまり話さないようにしよう。) すぐに学会が始まり会場が薄暗くなった。約2時間の会だった。  終わってあたりが明るくなった。泉が席を立とうとすると轟が声をかけて来た。 「神崎先生はもうお帰りになるんですか? 」 「はい。私東京なので、このまま帰ります。」 「そうですか残念だな。折角だから一杯と思ったのですが・・・」 (少し顔が良いからって、やっぱりチャラい。) 「ありがとうございます。でも帰りますので・・・」 「そうですか・・・あっちょっと待って・・・これ、僕の名刺。僕は横浜。よかったら携帯に連絡して。今度会おうよ・・・」 「失礼します。」 名刺を受け取ったものの、たいして見ないでバックにしまった。  ダニエルから連絡が入った。 「英: 土曜日の午後デートしよう・・・横浜はどう? 」 「英: 横浜。素敵! 」 「英: 医院に迎えに行くね。」 「英: はい。待っています・・・」  2人は、横浜をデートした。元町、外人墓地、港の見える丘公園・・・お決まりの横浜デートコースだけど、2人にとっては初めてだったから楽しかった・・・ 「英: 夜景の綺麗なバーを、ボブに教えてもらったんだ。そこ行こう。」 「英: はい。楽しみ・・・」  ダニエルは泉の腰に手を回し歩いている。ダニエルは188㎝、泉は174㎝プラスヒールで181㎝、殆どモデルのカップル。どこを歩いても目立ってしまう。いたるところで、「誰? 俳優? モデル? 撮影? カッコイイ・・・」と声が聞こえてくる。今までは、「でけー女」としか言われなかった。 うれしい。私が女として見られている。ダニエルといるとコンプレックスが消える。 ・・・幸せ・・・  ホテルの最上階のバーは大人の雰囲気満載だった。 ダニエルは、ずっと手を握り、また手にキスをし始めた。もう逃げられない・・・ 「英: 部屋取ってある。泉、行こう。」 「英: 待って、ダニエル。私お話が・・・」 「英: 何? 泉・・言ってごらん。」 「英: 私、こういうの初めてで・・・その・・・」 「英: 可愛い泉・・・大丈夫、僕に任せて・・・」 ダニエルは私の頬に軽くキスをして、腰をしっかり抱いて歩き始めた。 (あー、いよいよだわ。どうしよう・・・)  部屋に入るとダニエルは大人のキスをした。 段々と激しく・・・ 泉は立っていられなかった。 ダニエルは軽々と泉を抱いて、ベッドに運んだ。そして泉の服を脱がした。 「英: 泉・・・綺麗だよ。」 ダニエルはいつもと違う表情で泉を見ている。 「英: 恥ずかしい・・・」 「英: 優しくするから大丈夫・・・」 ダニエルは泉を優しく愛撫し始めた。 何もかもが初めての泉はどうしていいかわからなかった。 「あ~ダニエル・・・」 「英: 泉・・・なんて華奢でやわらかくすべすべの肌なんだ・・・」 (華奢? 私が華奢? そうかアメリカ人にとっては私なんか華奢なんだ・・・うれしい・・・) ダニエルが服を全部脱いだ。 彼のは大きかった。(これが入って来るの・・・) 泉は経験はなかったけど、それでも日本人のとは違うことはわかった。 「英: 泉、大丈夫だよ、無理はしないから・・・」 ダニエルは最後まではしなかった。 それでも2人が寝たのは朝だった。  朝、泉は目覚めた。 隣には綺麗な顔をして寝ているダニエルがいた。 なんて幸せな・・・ 私が少し動いたのでダニエルも起きた。 「英: おはよう。泉。眠れた? 」 「英: はい・・・」 「英: シャワー浴びる? 」 「英: どうぞお先に・・・」 「英: 違う・・・一緒にシャワーしよう。」 (何を言っているの・・・まったく恥ずかしいことばかり・・・) ダニエルはシャワーしながらキスをいっぱいした。 そんなにキスすると・・・やっぱり・・・ のぼせそうだった。  ルームサービスで遅いモーニングを食べた。 昼前にホテルを出た。 「英: 泉、どこか行きたいところある? 」 「英: のんびりお店見たり、散歩するのはどう? あまり詳しくないけど、マリン アンド ウォーク ヨコハマっていうモールがあって、アメリカの西海岸のようだとテレビで言っていたの。そこに行きたいかな。」 「英: いいね。行ってみよう。」 2人はカフェに入ったり、雑貨店を見たり楽しんだ。 「英: ここいいね。ホント少しアメリカの西海岸みたいだ。」 「英: 私行ったことないからわからないけど、いつか行きたいわ。」 「英: そうだね・・・」  夜は中華街で飲茶を食べた。ダニエルは初めてだったので、楽しんでいた。 ダニエルは泉を家まで送った。 「英: 泉、楽しかった。また行こうね。」 「英: 私も楽しかった。またね。」 軽いキスをしてダニエルは帰っていった。 (これで、本当に恋人同士・・・うれしい・・・)  ダニエルと泉は毎週末デートをした。 2回目のデートの時、泉とダニエルは繋がった。泉は幸せだった。 週中には、ボブも一緒に夕飯を食べることもあった。  ある日、徹の居酒屋でボブも一緒に3人で夕飯を食べていた時、ダニエルの携帯が鳴った。 「英: ゴメン、アメリカのママから。ちょっと外で電話してくるね。」 そう言って、ダニエルは店の外に出ていった。 「英: ダニエルのママはたまに電話してくるんだ。いつになっても息子が可愛いんだな。」 「英: そうなの。仲いいのね。」 ボブからダニエルの学生時代の話を聞いて彼が戻って来るのを待った。 ダニエルは外で電話をしていた。 そこに、徹の同級生の井上(いのうえ)君が店に入ろうとダニエルの横を通った。 「My honey・・・」 井上はその言葉を聞き洩らさなかった。「My honey?? 」  ダニエルは店に戻ってきた。 「英: ゴメンね泉。」 そう言って頬にキスをした。 井上はその様子を見ていた。  泉たちが帰った後、井上が徹に言った。 「徹、あの泉さんってお前の好きな年上の人だよな。」 「うるせーよ、このとおり俺は振られたの。」 「いゃ、あのさ~、泉さん騙されてないかな? 」 「騙されているってどういうこと? 」 「あの彼氏にさ・・・あいつ、さっき外でMy honey・・・って電話してた。 My honey・・・って言う相手は恋人だろ、奥さんってことだってある。泉さん大丈夫か? 日本にいるときだけの女にされていないか? 」 「・・・それがホントなら俺は許さない。ぶん殴ってやる・・・」 「徹待てよ。熱くなるな。まずは事実を突き止めないとな・・・」  徹と井上は作戦を練った。 作戦はこうだ。ボブはひとりで店に来ることが週に1~2回ある。その時に井上がダニエルのことを聞き出すというものだった。ボブは日本語大丈夫だし、ダニエルとも友達だから、知らないはずがない。先ず、ボブが来たら、徹が井上に電話をすると決めた。井上は、ボクシングをやっていたので細マッチョだ。だからと言うことは無いがちょっと頼りになる。  ボブが来た。徹は直ぐに井上に電話をした。井上は30分くらいで店に来た。 「ボブさん。良く会いますね。僕は井上。この店の徹の友達です。」 「オーそうですか。」 「よかったらいっしょに飲みましょう。」 井上はそう言ってカウンターの端の席にボブを移動させた。 「井上、何飲む? 」 「ビールだな。それとから揚げ、ポテト、焼きうどん。」 「まいどー。注文いただきました~」  料理が出て来た。 「ボブさんもよかったら食べてね。」 「ありがとう。これは何ですか? 」 ボブは焼きうどんを指して言った。 「日本のうどんを炒めたもの。食べてみて、いけるよ。」 ボブは恐る恐る食べた。 「美味しいデス。これで頼むメニューが一つ増えました。」 井上はボブと仲良くなるよう努力した。聞き出すのはそれからだ・・・ 「そーいえは、ダニエルさんは今日来ないの? 何しているの? 」 「仕事の準備。結構マジメよ彼。」 「そうなんだ。ところで君たちは何年くらい日本で働くの? 」 「僕は出来ればずっと日本で暮らしたい。お嫁さん募集中ね。」 「ダニエルは? 」 「うーん。彼はまだわからない。日本にはいきなり来たから・・・」 「ダニエルはモテるよね。」 「そうよ。僕はお嫁さん募集中なのに彼が先に日本人の彼女作っちゃった・・・」 「そうか。ダニエルはアメリカでもモテたでしょ。彼女いるんじゃないの? 」 「・・・いたね、別れて日本に来たと言ってたけど・・・」 「この間、電話来てたの彼女じゃないの? 」 「僕は良く知らないよ。でも泉のことは大好きって言ってたよ。」 「日本にいるときだけじゃないのかよ。俺はそんなの許さない。」  徹がしびれを切らして口をはさんできた。 「この人・・・」 「そう、泉さんにもう15年くらい片思いしているバカ。」 「オー」 「俺は泉を泣かす奴は許さない・・・」 ボブは徹の一途な想いに絆されながらも、驚いて帰っていった。 「徹、どうする? あまりわからなかったね。ゴメン。」 「いや、俺がダニエルに釘をさす。」  その次の日、泉とダニエルが徹の店に来た。ボブはダニエルに何も言わなかったようだ。泉とダニエルはいつものように楽しく飲んで食べて、1時間ほどで店を出た。 徹はこの時を待っていた。 徹は、ダニエルが会計を済ますと、そのまま2人と一緒に外に出た。 「ダニエル・・・僕はこの泉のことを大切に思っている。でも泉が他の人を好きになっても泉が幸せなら、それでいいと思っている。但し、泉を泣かすようなことをする奴を俺は許さない。 「ダニエル・・・お前泉のこと、どう思っているんだ。いつまで日本にいる? ずっと泉を大切にしてくれるのか? 」 「徹・・・いきなり何言ってるの? そんなこと、まだわからないよ・・・」 「泉は黙っていてくれ。こいつは、この間アメリカにいる彼女と電話をしていた。そうだよな。」 「英: 今、俺は泉のことが好きだ。でもいつまで日本にいるのかはまだわからない。アメリカを出てくる前に彼女はいた。僕が振られた。その彼女からこの前電話があったことも事実だ。泉・・・この先のことはわからないけど、今が楽しいだけじゃだめ? 」 「・・・わからない。今楽しいのは確か・・・でもずっと一緒に居たいことも確か・・・私帰る・・・」 泉は走って帰っていった。 「ダニエル。中途半端はやめてくれ。俺が許さねー。」 「英: あなたの気持ちわかるけど、これは僕たちの問題。これ以上口出さないでくれ。」 ダニエルは帰っていった。  泉は悩んだ。私の初恋。ダニエルのことは大好き。一緒に居て楽しいし、今は幸せ。 何も不安はないと思っていた。でもたしかにいつまで日本にいるのか分からない。突然帰ってしまうかもしれない。そんなことになったら、私耐えられない・・・どうしたらいいの?  それからもダニエルとのデートは続けた。例の話は2人ともしなかった。 毎回の楽しいデートで泉の不安は膨らむばかりだった。  横浜で歯科技師による新しい技術の説明会があると案内状が来た。 案内を読むと、この間のチャラい轟が講師の一人として名を連ねていた。あんなのが講師? 行くのやめよう・・・案内状をゴミ箱に捨てた。 ・・・でもちょっと聞いてみたいかも・・・案内状をゴミ箱から拾って、出席の返信を出した。  説明会では3名の技師が登壇した。 一番初めに登壇したのが、〇〇歯科大学××研究室 (とどろき) 大河(たいが)だった。 彼の話は小気味よく、耳に入ってきた。印象とは違い、いたって真面目な興味をそそる内容だった。 泉は少し見直した。 その後2人の話はあまり参考になる内容ではなかった。  説明会の後、歓談タイムがあった。 泉は適当に帰ろうと思って、出入り口近くにいた。 轟が泉を見つけてやってきた。 「神崎先生、今日はいらしていただいてありがとうございます。」 「いえ、勉強ですから・・・」 「神崎先生、今日こそ付き合ってくださいよ。一杯・・・」 「いえ、私帰りますので・・・」 「泉・・・まだわからないの? 僕だよ大河。木村(きむら) 大河(たいが)。」 「えっ。大河? だって轟って・・・」 「俺中学入る時引っ越しただろ。あれ、うちの親が離婚してさ、俺は母親に引き取られた。母の旧姓が轟なの。」 「そうだったんだ・・・でもあの頃チビだったよね。」 「そうだな。お前は相変わらずデカイけど、俺は中学でいきなり背が伸びた。バスケやってたんだけど寝れば背が伸びているみたいだった。膝が痛くてな~。」 「私のことデカイデカイって言わないでよ~相変わらずね。でも驚いたよ。あまりにも違うから。背も高いし、メガネなんか掛けちゃってるし・・・」 「そうだな。俺は182㎝ある。お前より背が高くなって良かったよ。」 「ところでいつ私ってわかったの? 」 「広島の歯科学会の時、席探して歩いている泉を見て気が付いた。名札を見て確信して声かけたんだ。」 「何でその時言ってくれなかったの? 」 「いつ気が付くが面白くてさ。」 「全く―。」 「ハハハ。」  2人は近くのバーに飲みに行った。 「あのころ、私スポーツでも男の子には負けなかった。でも、チビの大河にだけには勝てなかった。そして、私を負かすと、おもいっきりニーッて満面の笑みで笑ったでしょ。悔しくて 悔しくて・・・いつか負かしてやろうって思っていたのに、私の前からいなくなっちゃって、なんか消化不良というか・・・」 「寂しかった? 」 大河は泉の顔を覗き込み、満面の笑みを浮かべた。 「あーもう、そういうとこ変わってない。憎たらしい。」 「ハハハ。泉も変わってないな。俺、お前のことずっと好きだったんだ。なんか、女の子のくせに頑張っていて、すぐむきになってさ。少し背が高いのはうらやましかったけどね。 「なー泉・・・お前今フリー? 」 「付き合っている人はいる。この先どうなるかはわからないけど・・・」 「俺にもチャンスくれない? 」 「えっ? 5年ぶりに再会したばかりなのに何言ってるの? 」 「俺さ、友達からお前のことずっと聞き出していたんだよね。高校の時に歯科医目指すってことも。だからさ、俺も歯科の方に行った。ずっと関西だったから、こっちには来られなかったけど、就職はこっちにしたんだ。いつか泉に会えると思ってね。」 「バカじゃないの。何してんのよ。私の為?・・・」 なんか涙が出た。嬉しかった。(イゃだ。どうしよう・・・) 「泉が歯科医で俺が検査技師ならずっと一緒に居れるだろ。」 「何勝手に夢見てるのよ・・・私今彼氏いるのよ。」 「俺にしろよ。」 轟は泉の手をぎゅっと握った。 そして、腕を引っ張って泉の顔に手を添えてキスをした。 泉の心臓はとてつもなく高鳴っていた。(どうしたらいいの。私、ダニエルがいるし・・・) 「俺、本気だぞ。泉・・・」 轟は泉の耳元で低い声でそう言った。 泉はぞくっとした。今までにない感覚だった。  2人は店を出た。 「僕のマンションここから直ぐなんだ。もう少しうちで飲もう。」 「えっ? でも・・・」 「いいからおいで。」 轟は強引だった。でも泉は逆らわなかった。  轟のマンションは豪華だった。高層マンションで横浜の夜景がきれいに見えた。ダニエルと行ったホテルに負けないくらいだと泉は思った。  轟は泉にシャンパンを渡した。 「泉、俺と結婚を前提に付き合ってくれないか。必ずお前を幸せにする。お前は歯科医院を続ければいい。俺がお前の家に行ってもいい。お前と一緒に居られるなら、出来る限りのことをするから考えてくれ。 お前のこと、今すぐにでも押し倒してものにしたい。でも、お前の返事を待つよ。だから、考えてくれ。返事は今でなくてもいいから。」 「ありがとう。でもあまりにも急で・・・少し時間を頂戴。」 「そうだな。わかった。キスだけいい? 」 「うん・・・」 優しいキスをした。 「大河、私帰るね。」 「そうだな。俺も我慢できなくなりそうだし・・・送るよ・・・」 「ううん。いいよ。私タクシーで帰るから。」 「わかった。この下まで送らせてくれ。」  泉はタクシーの中でボーっとしていた。考えなんかまとまらなかった。大河のこと、ダニエルのこと、そして徹のこと・・・ 私いきなりモテ期になってしまった。 (でもきっとこれが最初で最後・・・考えなきゃ・・・)  泉は悩んだ・・・大河のことが気になる。でもまだ付き合ってもいないし、正直わからない。ダニエルのことは大好き。でも、この先があまりにも不安。徹は・・・一番気楽、でもこのままが良いような気がする。 (あーどうしよう。) そう悩んでいた時、喜美子から電話が入った。 「泉~その後ダニエルとはうまくいってるの? 」 「いきなりそれ? 」 「だって、面白いでしょ。どうしてるのかなって・・・」 「まったく喜美子ったら、私のことで楽しんでるよね。」 「そうだよ。だからさ、教えてよその後・・・」 「いろいろあってさ・・・どこから話したらいいか・・・」 「何? いろいろって? 」 「徹からは何も聞いていない? 」 「聞いてないよ。何があった? あのバカなんかした? 」 泉はこの間の徹とダニエルのやり取りの話をした。 「あのバカ、そんなことしたの・・・よっぼど泉のこと好きなんだね・・・ゴメンネ。あいつバカだけどさ、いいやつなんだよ。わかってやって。」 「うん、わかってる。徹が私のこと心配してくれていることもわかってる。だから徹に怒ってはいない。喜美子も怒らないでね。徹が忠告してくれたけど、それでもダニエルのこと大好きなの。いままで私女の子扱いされてこなかったけど、ダニエルといると私は女の子でいれる。デカイとも言われない。2人でいるとストレスが無いの。」 「そうか・・・でもいつかいなくなってしまうという不安もあるわけね・・・」 「そう。その不安は付き合うごとに増えてる。どんどん好きが増しているから。だから辛い・・・」 「泉・・・」 「それとね。最近もうひとり現れた。」 「何? 誰? 」 「喜美子、大河って覚えてる? 私を負かしたチビ。」 「大河?・・・木村 大河! 覚えてる。あんたを負かしてニカッと笑っていたやつだ。」 「そう。その大河。この間再会した。今は背も高くなって、かっこよくなってた。向こうから声かけてきて、私のことずっと好きだったって言われた。私と一緒に居たいからっていろいろ調べて今は歯科技工士になっている。その上に、結婚前提に付き合ってほしいって告白された。 「えーーーーーいきなり? 」 「そう。いきなり。再開した当日。」 「えーーーーーーーー」 「どうしたらいいと思う? 」 「ちょっと待って、私の心臓がおかしくなるよ。まって まって・・・じゃ今、泉は3人の男から思われてるってことだ。」 「そうなる・・・」 「まったくさ。30年何もなかったのにいきなり・・・」 「そうなんだよ。きっとさ、最初で最後だと思うんだよね。」 「そうだね。わるいけどそうだよ。ここで間違えないように選ばないと・・・」 「喜美子・・・助けて・・・」 「泉、わかったから一緒に深呼吸しよう・・・・」 「泉、大河とはしたの?」 「凄いこと聞くね。まだだよ。返事を待つって言われた。」 「大河、偉いな。本気だね。ダニエルとは? 」 「うん。してる・・・」 「どうなの? 外人は? 」 「私比較が無いからさ・・・」 「そうか・・・初めてが外人か・・・でもイャとか不快とかは無いんだよね。」 「無いかな。優しいよ。」 「あー、ゴチソウサマ。そうか、大河ともしちゃえばよかったね。」 「喜美子ったら・・・もー」 「だってさ、わが弟 徹は可愛そうだけど無いでしょ。ということは2人だよね。大河の生活はどんななの? 」 「横浜の凄いマンションに住んでた。着ているものの派手ではないけどいいものだと思う。とくにコロンとかも付けていないし、アクセサリーもしていない。女気はなかった。」 「そう。そこまで見たか・・・ダニエルに関しては、家がどうかもわからないし、彼女いるかもしれないし、コロンは付けてるし、多分アクセサリーもしてるよね。」 「そう。そのとおり・・・」 「だったらさ、条件としては大河じゃん? あとはあっちの相性だよね。付き合っちゃえ。」 「だって、ダニエルがいるし・・・」 「うまくやりなよ。」 「二股ってこと? 」 「少しの期間だけだよ・・・大河とのあっちの相性が分かれば結論出るでしょ。」 「出来るかな私・・・」 「ダニエルには私と会うとか言ってさ、名前使っていいからさ。とにかく大河とやってしまえ。」 「喜美子、結婚してると言うこと凄いよね。」 「そうね。でもさ、私は旦那のどこが好きだったかというと、食べ物の好みが同じだったこと。価値観も近かった。あと声ね。今でもたまにドキッとする。あっちは私もあまり経験ないから比較できないけど、無理なこと言わなかったし優しかった。起きたときに一緒にいれてうれしかったんだよね。」 「なんかわかる・・・」 「早めに結論出した方が良いね。」 「ありがとう。私も大河と付き合ってみたい。」 「泉、頑張れ!」 (友達っていいもんだよね。真剣に考えてくれる。ありがたい・・・)  泉は大河に電話をした。 「大河? 今少し話せる? 」 「泉・・・大丈夫だよ。電話くれてうれしいよ。」 「あのね。今私付き合っている人がいるって言ったよね。」 「うん・・・」 「でもね、大河とも付き合ってみたい。大河とはずっと会ってなかったし、正直わからないところばかり。だから、ずるいかもしれないけど、こんな私で良かったら付き合ってほしい。」 「・・・フフ。お前正直だな。でもそういうとこも好きだ。わかった。俺の方かいいってとこわからせてやるよ。1ヶ月でどうだ。それで決めてくれ。」 「うん。ありがとう。」  泉はダニエルに嘘をついた。 今週末は親友の家に遊びに行くと言ったのだ。ダニエルは楽しんでおいでと言ってくれた。ちょっぴり心が痛かった。 「大河、土日空いた・・・」 「わかった。土曜日新横浜まで来てくれる? 11時でいいかな。」 「着いたら電話するね。」 泉は泊ってもいい最低限の用意をして出かけた。 「新横浜に着いた。」 泉は大河に電話をした。 「車で来ているから、ちょっと待ってて。直ぐ迎えに行く。」 大河は車を置いて迎えに来てくれた。 「泉、お待たせ。」 大河の私服は初めてだった。カジュアルだけど爽やかで、腕まくりをしたシャツの下から出る腕の筋肉が目立っていた。 「私服もいいね。」 「泉も可愛いよ。」 大河はさっと泉の手を引いて車まで歩いた。 大河の手は大きかった。でも優しい手だった。 2人は車に乗った。 「うれしいよ。泉とデートできるなんて。」 「ありがとう。中途半端でごめんなさい。」 「大丈夫、俺を選ばせて見せるから・・・でさ、今日なんだけどこれから箱根まで行こうと思うけどいい? 」 「ドライブってほんと久しぶりだからうれしい。」 「車だと話も出来るしいいと思ってね。」 「着いたら丁度お昼だから、イタリアン予約した。大丈夫? 」 「イタリアン好きよ。」 「小さな店だけど人気店なんだ。」 道はあまり混んでいなかったので、快適なドライブだった。 車の中では子供の時の話で盛り上がった。 店に着いた。仙石原の別荘地にある店だった。 「ここではね、バーニャカウダを絶対食べる。あとは好きな物どうぞ。」 「マルガリータピザが食べたいかな。」 「そうだね。後は鶏肉のグリルとパスタにしようか。」 どれもが美味しかった。大河の言っていたバーニャカウダは野菜もソースも美味しくて絶品だった。 「みんな美味しい。ありがとう。」 「泉は嫌いな食べ物あるの? 確か子供の時はコーヒーが苦手だったよね。」 「良く覚えているわね。みんなに子ども扱いされた。今でもあまり好きじゃない、紅茶派かな。それ以外で嫌いなものは無いかな。大河は? 」 「俺も殆ど嫌いなものはないな。たまに苦手な香辛料とかあるけど、食べられないわけではない。コーヒーは好きだけどね。 「俺ね、食事している時にうれしそうに食べてくれたり、俺が好きな物を美味しいと言ってくれるのがすっごくうれしい。さっきも泉が美味しそうに食べてくれた。いい顔してた。」 「ありがとう。私も食べること好きだし、好みが合うとうれしいかな。」 「今日ね、この後美術館で散歩して、その後夜の計画なんだけど、この近くに美味しい肉屋があるんだ。」 「焼肉屋さん? 」 「違う、生肉の肉屋。そこの肉屋は牛を一頭買いしているから部位も揃っているし好みを言うと肉を切ってくれるんだ。そこでステーキ肉を買って、家で焼いてワインを飲むのはどう? 」 「大河の家で? 」 「そう。一度やってみたかったんだよね。」 「わかった。ちょっと楽しいかも・・・」  2人は美術館の庭園で散歩をした後、肉屋に行った。たくさんの種類の肉があった。都内より安くてしかも品が良いのが見て取れた。 あまり油の多すぎない赤身の肉を少し厚めに切ってもらった。2人の好みは似ていた。 肉屋の後は、近くのスーパーに行った。野菜とチーズ、ワイン、フルーツを買った。 買い物を済ませて、湖の近くのカフェでお茶をした。少し休んでから、大河の家に向かった。 「なんかゴメンネ。」 「なにが? 」 「だって、ずっと運転してもらって。私免許はあるけどペーパードライバーだから。」 「免許持ってるんだ。今度練習する? 」 「いいよ。乗っている方が楽だし・・・」 「何だよ、ゴメンネ、なんて言ったくせに・・・」 「そうだね。ずるいね、私・・・」 「いいよ。俺運転嫌いじゃないから気にするなって。ほんとまっすぐだな、お前・・・」 「ゴメン・・・私ずるいよね何でも・・・」 「そういうとこも可愛いよ。」 「恥ずかしいよ・・・」  大河の家に着いた。 大河はTシャツに着替えて肉を焼いた。 泉はサラダを作り、チーズやフルーツを切った。そして、テーブルにワインとワイングラスを出した。 「焼けたよ。さぁ食べようか。」 赤ワインで乾杯をした。少し渋みのあるワインだった。 「まず塩胡椒だけで肉食べてみて。焼き加減どう? 」 「うーん。美味しい。ステーキ屋で食べるより美味しいかも。このワインとも合う。」 「どれどれ。・・・ホントうまい。いい肉だ。焼き方もいいな。」 「そうだね。大河シェフ流石です。」 「そうだろ そうだろ・・・ハハハ」 「いいね。こういうのも楽しい。」 「ステーキをワサビ醤油で食べてみて。」 「ワサビ? ・・・なにこれ、この方が好きかも! 」 「良かった。俺はステーキにはワサビ醤油派なんだ。ホントは生ワサビが良いんだけどね。」 「なんか日本人って感じ」 「日本人ほど味に敏感な人種はいないよね。」 「そうね。」 「ねえ泉、俺今すっごく幸せ。一緒に料理作って、同じもの美味しいって食べて、笑っている。平凡かもしれないけど、これが一番いいと思っている。たしかに、高級なレストランや、他にもおいしい店はいっぱいあるけど、家で食べる食事って一番だと思うんだ。今日みたいのは特別かもしれないけど、それでもやはりいい。泉はどう思う? 」 「そうね。私は母が専業主婦だったから家ごはんが多かったけど、どこかに旅行に行って美味しいもの食べて帰って来ても家のご飯食べると落ち着いた。帰ってきた、と思えた。そう言うことでしょ。」 「そう。俺は両親が離婚して母は仕事に出たから、祖父母の家でごはんを食べさせてもらっていた。母が仕事帰りに祖母の家に寄って、母もそこでご飯を食べ、僕を連れて帰った。 「そのうち母は体を壊して祖母の家に2人で引っ越したんだ。僕にとっては自分の家じゃないんだ。あくまでも祖母の家・・・自分の家が欲しかったんだな。 泉、この5年、僕にとっては本当にいろんなことがあった。母の死、祖母の死。いきなり誰もいなくなったんだよ。僕の前から・・・家の処分や相続も大変だった。いろんな親戚がいるからね。僕も多少は相続したけど、もめるのはイャだったから細かいものは親戚に任せた。その相続したお金でこのマンションを買ったんだ。 身分不相応かとも思ったけど、この夜景を見たとき、ここで泉と2人で飲みたいって思ったんだよね。本当だよ。僕の夢だったんだ。今日かなったよ。」 「大河、ありがとう。なんだか私の知らないところでいろいろ考えてくれていたと思うとホント驚くんだけど。でもうれしい。」 「泉・・・」 大河は泉にキスをした。 「泉、抱きたい。いい? 」 「聞かないで・・・」 大河は泉に大人のキスをして優しく導いた。大河は、泉の耳元で綺麗だとささやいたり、耳をかんだりした。そのたびに泉はぞくっと感じた。あー好き・・・ 大河はやさしかったりはげしかったり、泉の反応を見ながら抱いた。だから泉はすごくイッた。ダニエルの時よりも・・・ 抱かれている時にはダニエルのことは忘れた。  朝、私が目覚めると隣で大河が私の顔を眺めていた。 「おはよう、泉。良く寝れた? 」 「おはよう。いつから起きていたの? 恥ずかしいよそんなに見つめて・・・」 「ずっと見てた。」 「まったく・・・大河ったら・・・」 二人はキスをした。 「またしたくなっちゃうよ。シャワーして来たら」 「そうね。シャワー借りるね。」 「いいよ。タオル出しておいた。」 泉はシャワーを浴びた。一人でゆっくりと。気持ちが良かった。大きなバスタオルとバスロープが置いてあった。バスロープを着て、部屋に戻った。 「シャワーありがとう。」 「さっぱりした? 襲いに行こうかと思ったけど止めたよ。シャワーくらいゆっくり浴びたいだろ。」 「そうね。ありがとう。」 大河のやさしさがうれしかった。 「朝ごはんだけど、パンケーキでいい? 」 「えっ? 大河パンケーキ好きなの? 」 「好きだよ。子供の時お前の家でお母さんが作ってくれた。その味が忘れられなくて自分で作るようになったんだ。」 「そうだっけ? 覚えていない・・・」 「覚えていないか・・・」 「ゴメン・・・」 「まぁいいさ。パンケーキ作るからちょっと待ってて。」 大河のパンケーキは少し薄目で美味しかった。 「美味しかった。大河何でもできるんだね。」 「そうだな、家事は何でもできる。」 「私の方がきっとできないね。」 「家事は女性がするものっておかしいよ。共稼ぎならなおさらね。僕はそう思っているよ。」 「大河・・・」 「泉、今日はこの後どうしたい? 」 「大河・・・今日は帰ってもいいかな? 」 「疲れた? 」 「ううん、ちがう。ゆっくり考えたい・・・」 「・・・わかった。じゃあ車で送るよ。」 「ありがとう。」 車の中は少し重い空気だった。大河は一生懸命いろんな話をしてくれたが、泉の耳には入ってこなかった。 「送ってくれてありがとう。」 「うん。楽しかったよ。・・・泉・・・気持ちの整理出来たら連絡して。」 「ありがとう。ゴメンネ大河・・・」  泉は悩んだ。 (大河の側にいればきっと幸せだろう。でもダニエルと一緒の時の私は昔の私ではない、女の子を感じさせてくれる。新しい私を感じることができる。 どうしよう・・・)  突然電話が鳴った。知らない番号だった。ちょっと警戒しながら電話に出た。 「泉さん、ボブです。いきなり電話してゴメンナサイ。」 「ボブ。どうしたの? なにかダニエルにあったの? 」 「今、泉さんは家ですか? 」 「そうよ。」 「渡したいものがあるので、10分後に玄関先までお伺いしてもいいですか? 」 「はい。でも何なの? 怖い。 」 「すみません。後ほどご説明します。」 ボブは電話を切ってしまった。  玄関のベルが鳴った。ボブが硬い表情で立っていた。 「はい。」 「泉さん。これをダニエルから預かりました。」 ボブは手紙を泉に渡した。 「なにこれ? 」 「読んでください。そして、もうひとつ。ダニエルからの伝言です。本当にゴメンと・・・」 泉は目の前が真っ暗になった。手紙を読まなくても内容が分かった。 ボブは頭を下げて帰っていった。  泉は恐る恐る手紙を広げた。 — 泉さん — いきなりの手紙ですみません。本当ならちゃんと会って話さないといけないのだけど、僕にはその勇気がありません。 — 僕はアメリカに帰ります。本当は泉と日本で暮らせるようにと考えていたんだ。 — だけど、僕の元カノから連絡が入って。彼女が妊娠していることを知った。 — 彼女はずっと僕に隠していた。だからもうおろすことは出来ない。 — 僕は悩んだ。彼女は、一度は僕を振ったんだ。だけど生まれてくる子供には罪はない。 — だから僕はアメリカに戻る。 — 泉・・・本当にゴメン。あなたのこと愛していたことにいつわりはない。 — いくら謝っても許しては貰えないと思っている。 — 本当にゴメンナサイ。 — 泉が幸せになることを祈っている。 — ダニエル  泉は嗚咽した。 ダニエルがいなくなった。私が大河のことで心を奪われていた時、ダニエルは悩んでいたんだ。何も気が付かなかった。自分のことでいっぱいいっぱいだった。なんてだめな私・・・彼のこと見れていなかった・・・  次の日、医院を臨時休業にした。心配した助手の(はやし)さんが家を訪ねてきてくれた。 「泉先生、大丈夫ですか? 風邪とお聞きしましたが・・・」 林は泉を見た瞬間に、風邪でないことがわかった。 「泉先生、何があったんですか? 」 泉は林に抱きついて泣いた。大声で泣いた・・・林はじっと泉が収まるのを待った。 泉は少し落ち着いた。林が黙っていると、泉は林に手紙を渡した。 手紙は英語で書いてあったが、林は読むことが出来た。 林は手紙を読み終えて、泉を抱きしめた。 泉はまた泣いた。 「いくらでも泣いてください。泉先生は何も悪くはないんです。ちょっとタイミングが悪かっただけ。ダニエルはいい人だったし、無理に忘れることはしなくていいです。時間が解決してくれます。」 泉は林のやさしさに縋った。  2週間が過ぎた。 泉は、仕事に専念した。大河にも連絡をしていなかった。少し暇な時間は目から勝手に涙が落ちた。  それから数日後、医院が締まる時間に大河が医院に来た。 「表で轟が待っていると神崎先生にお伝えください。」 受付にそういうと、医院を出ていった。 受付の子は患者さんが終わった後で、泉に伝言を伝えた。 「えっ? 轟・・・大河が来ているの? 」 「はい。表でお待ちです。」 「・・・わかりました。」 泉は帰り支度を済ませて表に出た。 (どうすればいいんだろう。まだわからない・・・) 大河は車の中で待っていた。 「泉、乗って、早く。」 泉は車に乗った。 「大河・・・どうして・・・」 「泉から連絡が来ないから、僕は焦っていた。そうしたら喜美子から突然連絡がきたんだ。」 「喜美子から? 」 「医院の林さんが泉のことを心配して喜美子に話したらしい。それで喜美子は僕の連絡先を必死に探して連絡してくれたわけ。泉が落ち込んでいるから、達直せられるのは大河だけだからって・・・」 「喜美子ったら・・・」 泉は泣けてきた。 「俺のうちに行くぞ。」  大河は部屋に入ると直ぐに泉を抱きしめ熱烈なキスをした。 そして泉をベッドに連れていき、激しく抱いた。 「泉、俺だけを見ろ。俺で感じろ。」 泉は大河で感じた。おもいっきり・・・ 「大河、私を離さないで・・・」 「離すもんか。絶対離さないから、安心しろ。」 「あー、大河・・・」  一ヶ月後、泉の誕生日に2人は入籍した。大河は神崎家に婿入りした形をとった。泉の両親は、喜んだ。泉と大河は、おじいちゃんから引き継いだ医院の横にある古い家を建て替えることにした。いずれはそこで暮らせるように。家が出来るまでは、大河のマンションで暮らすことにした。 家が出来るまでは毎日大河が車で医院まで送ってくれるという。大河はあと1年だけ大学に残りたいと言って大学に通った。大学が終わると、医院に迎えに来るという優しい夫だった。 泉は大河に女の子、いいえ女性として妻として大切にされた。  そうそう、徹はまた勝てなかった・・・でも、神崎医院の受付の子とうまくいきそうになっている・・・ END
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