イチゴショート

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制服であるコックコートに身を包み、コック帽を被った舞は、 「……」 友季に言われた通りに苺のヘタ取りと選別を、黙々とこなしていた。 職人の世界の下積みなんて、そんなもんだと思っている舞には、この仕事に対しての不満などない。 ただ、気に入らないのだ――この店のオーナーの態度が。 自分の顔に自信があるのか知らないが、全ての女性が自分のことを好きだとか勘違いしていることに腹が立つ。 ムカムカしながら作業を進めていると、 ――シュッ…… 「あっ、痛っ!」 誤って、ヘタを押さえていた右手の親指をナイフが(かす)めてしまい、出血してしまった。 食品を扱う現場に、血を落とすわけにはいかない。 それだけは肝に銘じていたので、舞は慌てて近くに置いていたダスターで右手を覆った。 「鈴原さん? 大丈夫?」 近くで、焼く前のアップルパイに卵液を塗るドレ作業をしていた男性社員の山田(やまだ)が、舞の異変に気付いた。 「もしかして、指切ったの? 見せて」 すぐに舞の右手を取り、傷口を確認する。 30代半ば頃に見える彼に、緊急事態とは言え手をしっかりと握られるのは、 「……」 まだ20歳である舞には、少し不快に感じられて、でも心配してくれているのだから無下には出来ず、黙ったまま眉間に皺を寄せた。 「あ、そんなに深くは切ってないね」 なら早く手を離してくれればいいのに、山田は全く離してくれそうにはない。
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