No.1になるために

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その男は『武藤栄作』といった。 来るといつもエリカを指名し、とにかく羽振りがいい。 着ているスーツ、身につけている時計、放つオーラ、それら全てが富裕層だと物語っている。 ずっと気になっていたが、指名されていない以上、近寄ることもできない。 「シホちゃん、アフター行かない?積もる話があるだろ?」 私を指名した服部の誘いも耳には入らず、どうにかしてあの男に近づき──。 エリカが席を外した。 今だ! 「ちょっとすみません」と断りを入れ、フロアを颯爽と横切る。 そして私は、転んだ。 「──大丈夫?」 目の前のテーブルから、武藤が助けに来てくれた。 「ごめんなさい、私ったら」 「びっくりしたよ」 「ドジなんです。いつもエリカさんにも怒られてて」 チクリと牽制してやる。 「あっ、ごめんなさい。ごゆっくりして下さいね」 軽く一礼して、その場を立ち去る。 振り向いてはいけない。 名残惜しさはかき消し『あなたにはそれほど興味もなく、ただのお客様の1人』という接し方は崩さないよう。 席に戻っても、服部の話は耳に入らない。 チラッとテーブルを見やると、エリカと楽しそうに話をしている。 きっと、エリカがツバをつけているのだろう。 どうにかして、私のことを印象づけたかったのに。 失敗したか…。 「シホさん、ご指名です」 ボーイについていくと…私のことを忌々しげな顔で睨んでいる、エリカと目が合った。
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