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瞬間移動
ギュッタはウルヴァン一家と朝食を済ませ、日の出と共に仕事が始まった。
因みにウルヴァンは、6歳の娘と2人暮らしだ。
自分の夢に向かって進む生活の始まりでもある。
小さな店内は客で溢れている。
モーニングを食べ職場に向かう常連の男たち、旅人など。
客は早々に食事を済ませ、仕事場へ次の目的地へと向かって行く。
そして、食器の山である。
ギュッタは冷たい水に悴む手で、食器の山を必死で洗い続けた。
ウルバンは時々洗い場を代わってくれた。
朝日がすっかり上がった頃には、店に客はいなかった。
ウルヴァン
「お疲れ様! モーニングは終了だぜ!」
ギュッタ
「お疲れ様です、ウルヴァンさん」
ウルヴァン
「ギュッタ、ギルドはどうだった?」
ギュッタ
「色んな人がいて、凄い話をしていました」
ウルヴァン
「誰か知り合いはできたかい?」
ギュッタ
「ファイアさんにギルドを案内してもらって、蜜蝋酒を…あ!」
まずい! まだ15歳にならないのにお酒を飲んだ話をしてしまった。
ウルヴァン
「ん!? あの焼豚野郎!! 子供に酒を飲ませたな!」
どうやら2人は知り合いらしい。
ギュッタ
(焼豚? ファイア・レッドが赤い炎で、豚さんか!)
「俺も素性を知られたくなくて、未成年だってこと隠していました」
ウルヴァン
「そうか! ガッハッハ…!」
ギュッタは黒装束の男ことは口に出せなかった。
あれは話してはいけない、そんな気がした。
ギュッタ
「あの、街の様子見に行っていいですか?」
ウルヴァン
「いいとも! 腹が減ったら戻って来い。飯は用意するぜ!」
ギュッタがプエリト3番橋に出ると、向こう側でファイア・レッドが橋の欄干に腰を掛けて煙草を吹かしていた。
服装は昨日の道化スタイルとは違い、地味で擦り切れた外套の下は寒空に寝巻一丁で、ギュッタは寒くないのかと訝しんだ。
隣に赤い小さな飛竜がいたが、ギュッタが近づくとどこかへ飛んでいった。
ファイア
「よ~ぅ、ギュッタ! 元気かい?」
ギュッタ
「はい、ファイアさん。あの俺…実は13歳です、黙っていてごめんなさい」
ファイア
「マリアから聞いたぜ~。俺、こっ酷く怒られたわ。ヘッヘ…」
ギュッタ
「大きな声で言えないけど、美味かったです。蜜蝋酒フフフ」
2人は暫く笑い合っていた。
ファイア
「どこに行くんだい?」
ギュッタ
「昨日、呪文の解説文を貰ったから、ギルドで魔導書を借りようと思っているのです」
ファイア
「おっと。ギルドは夕方からさ〜。あの辺りは昼間見るもんじゃねぇぜ~ヘッヘ。ありゃ~、夢の後さ~」
ギュッタ
「そう言われると余計見たくなりました。」
ファイア
「後悔すんなよ~」
と、言ってファイアはタバコをプリエト川に投げ捨てた。
「あ、ファイアさん! タバコのポイ捨てはダメですよ! 行って来ま~す!」
ファイア
「ごめ~ん。あ、おい! 待てよ。行っちまったぜ~」
ギュッタは橋の坂を一気に駆け下り、汚水槽の手前のファイアと出会った通りまで走って行った。
ギュッタが辿り着いた桃源郷の入り口は、夜とは全く別の通りであった。
古びた建屋、あれ程美しかったランタンは煤け、看板も安っぽい。
くたびれた風体の男女達が街の掃除をしている。
ギュッタ
(よく分からないけど凄い。蜜蝋パブはこの奥だったな。)
頭の真上に短いちょんまげを結った長身の中年男
「おや、ギュッタかな? 昨日はご免ね、お酒飲ませちゃって」
ギュッタ
「…えっと。マスター、こんにちは!」
モンスター!? ではなく、ヘアセットのカーラで大きく膨らんだ頭にスカーフを巻き、顔にキュウリの輪切りパックをした中年女
「あらギュッタじゃない、こんな時間にどうしたの? 珍しいこと続きだわ。」
ギュッタ
「わっ! マリアさん。 こ、今日は。ファイアさんが桃源郷を『昼間は夢の後』て、言うから見に来たんですよ」
マスター
「おーい焼豚! 失礼だぞ、夢の準備中って言えよ~」
ギュッタは変に思った。
確かファイアは橋の上にいたはずなのに、後ろを向いてマスターが話している。
マリア
「ファイアが変なのよ。ここに来て数年、街の掃除なんてしたことなかったのに。見てよ、あれ!」
マリアが指差す方向を見ると、橋の上にいたはずのファイアが箒で道を掃いているではないか!
ギュッタは驚いた。
(どういうことだろう? ファイアさんは瞬間移動の魔導でも使った?)
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