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プリエト川
「お~い、ギュッタ。呼び止めたのに行っちまっただろう。蜜蝋と狼亭は近所だぜ~い!」
そう言って、ファイアは蜜蝋パブの奥にあるプリエト3番橋に続く階段を指差して苦笑いした。
ギュッタ
「アッハッハ! もっと大きい声で呼んでくださいよ、何で掃除しているのですか?」
ファイア
「ゴミのポイ捨ては止めようと思って…。」
マリア
「うわあ! ヴォレイオスのお山の雪解け水で洪水になりそうだわ!」
マスター
「焼豚ちゃん、誰かに喰われる夢でもみたの?」
ファイア
「夫婦揃って人聞き悪いぜ~ぃ! 退いた、退いた! そこ掃くから!」
ギュッタも、ちり取りを持って桃源郷の掃除に加わった。
「あの、ファイアさん…聞いていいですか?」
ファイア
「何を?」
ギュッタ
「ファイアさんがここに来た理由を」
ファイア
「俺が、ここに来た理由か…。掃除が済んだら俺と昼飯付き合ってくれ〜ぃ」
ファイアは何となく今、話し辛そうだった。
掃除が済むと近道の階段を上がって、2人は狼亭に向かった。
狼亭はランチタイムだ。
ウルヴァン
「へい! いらっしゃい!! おう、お2人さんお揃いか!?」
ファイア
「うん、店先の芝生の上で食いたいんだ。サンドウィッチ2人前とエールとお茶頼むぜ~! お代はここだ」
結局ランチはサンドウィッチとお茶2人前だった。
ウルヴァンいわく『昼間から酒は出さない』とのことだ。
2人はプリエト川を眺めながら、店の前の芝生の上でランチを取った。
ファイア
「食べな、ここのサンドウィッチ、俺大好物だぜ~。何? 話が聞きたい、よしよし」
と、言いながらもファイアはサンドウィッチを頬張っていた。
「何で俺が余所者って、分かったんだい?」
ギュッタ
「さっきマリアさんが『ここに来て数年街の掃除なんてしたことなかった』て、言っていたから。ファイアさんも俺みたいに他所から来たんだって」
ファイア
「そうか。俺はお前さんみてぇに、夢があってプリエトに来たんじゃね〜んだ。その反対かもな」
ファイアは遠い眼差しで、プリエト川の辺りを飛ぶ赤い飛竜を眺めていたが、ようやく続きを話し出した。
ファイア
「夢はね、奪われた。希望や家族もね」
ギュッタは何も言えなかった。
ファイア
「地位や名声は、自分で捨て…何もかも失った。だからプリエトに来られたんだぜ~、ヘッヘ。あいつだけは付いて来たんだがよ〜」
ファイアは川縁を飛んでいる赤い小さな飛竜を指さして言った。
夢を叶えるため、プリエトに来たギュッタにとって、ファイアがここに来た理由は衝撃だった。
ファイア
「ここに来る前はね、お前さんの親父と一緒で飲んだくれだった。ウルヴァンの娘さんのミルク代まで酒代にしちまったんだよ〜。そんな俺を、ウルヴァンやマスターは許してくれたんだ…。この街も俺を受け入れてくれてよ~」
ギュッタは強烈にショックだった。
自分の家族の大切なお金を酒代にされ、許すなんて自分には無理だ。
ギュッタは酒代のために、妹を娼館に売ろうとした父を生涯許す気はない。
ファイア
「酷いご時世だ。こんな俺でも何か街の役に立とうと思ってさ、先月から『桃源郷』の看板作って、毎晩あそこで客引きしてんだ」
今のプリエトの街は隣国のフロリバンダ王国が北の大国ザイオン侵攻に陥落した影響で、治安が悪化し、来訪者も減り収入がなく厳しい状況だ。
ギュッタ
「何故、先月からですか? ザイオンの侵攻は秋からでしょ」
ファイア
「俺たちも、出兵させられていたんだぜ~ぃ」
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