その香りが導く先に

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温められたポットにお湯を注ぎ2分ほど蒸らす。 お気に入りのティーカップを戸棚から出して、そこに抽出された紅茶を注いでいく。 華やかな香りがふわりと辺りに広がった。 心安らぐやさしい香りに満たされる。 「香りと記憶は深く結びついているらしい。」 唐突に紡がれた言の葉に、顔を上げて彼の方へ振り返ると彼の真っ直ぐな瞳が私を見ていた。 微笑んでる彼の元へゆっくりと近づき、カタリと紅茶をテーブルの上に並べて私も彼の傍らに椅子を引き寄せて座る。 「なあに?急に。」 「この間読んだ本にね、そんな事が書いてあったんだ。匂いで記憶を思い出したり、フラッシュバックしたりするんだって。それくらい嗅覚と記憶は密接な関係にあるらしい。」 私の疑問に答えながら彼はティーカップを口元に近づけ、そして深く眉間にシワをよせた。 その様子に思わず笑いが溢れる。 「無理に飲まなくてもいいよ。苦手なんでしょう?」 「けれど、君はこれが好きでしょう?毎日飲んでるって言ってたよね?香りが好きでやめられないって。」 思いの外真っ直ぐと強い言葉で返されて、「そうだけど。」と口ごもってしまう。 彼はそんな私の様子を横目に紅茶を一口飲み込んだ。 ふわりと香る紅茶の香り。 華やかで心安らぐやさしい香り。 私の大好きなお気に入りの香り。 「さっきの話に戻るんだけどね。香りは記憶と深く結びついているんだ。」 規則的な音が、何処からか微かに響いているような気がする。 「君は毎日、この香りをかいでいる。この紅茶が大好きで手放せないって何度もその話を聞いた。」 白。白。視界に白が侵食していく。 彼が目を伏せて、自嘲気味に言葉を紡いでいく。 「・・・僕は酷い夫だね。普通はこういう時早く忘れてって言うのに。僕はどうしても、君に忘れて欲しくないんだ。」 大好きな香りに混ざる大嫌いな香り。 消毒と薬品の匂いが辺りへと広がっていく。 目の前の彼はたくさんの管やらコードへと繋がれている。 「君の大好きな香りの中で君と共に生きていたいってそう思ってしまった僕をどうか許して。」 ガチャンッ!!!! 大きな音にハッとするとそこは自宅のテーブルの前で、足元にはティーカップが割れてしまっている。 辺りに充満する華やかな紅茶の香り。 足元にできた水たまりにパタパタと耐えず雨が降り注ぐ。 「・・・そう。ここにいるのね?」 なくしてしまったと思っていた。 もう二度と手に入ることは無いのだと。 「ここに、・・・いるんだわ。・・貴方が。」 胸元をグッと握りしめ泣きながら微笑む。 酷い夫だなんてとんでもない。 私の記憶の中で共に生きてくれるなんて。 「世界一、最高の夫だわ。」
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