田中花子、怒る

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田中花子、怒る

 朝起きたら眼鏡が見つからなかった。寝る時にベッドの横机に置いた筈なのに見つからない。眠い目をこすりこすり、手探りで探していたらバランスを崩してベッドから転落した。  最悪だ。  ふつふつと怒りが沸いてくる。なんでわたしがこんな目に?怒りを抱えたまま台所に行ってお湯を沸かす。ティーバッグはもちろん切れている。そうでしょうとも、そうでしょうとも。こうなると、次に何が来るかわたしにはもう分かるよ。これから履く予定のストッキングが伝線してるんでしょ。それとも、鏡を見たら鼻の頭にニキビが出来ている?それと、後頭部にはきっと妖怪センサーみたいな寝癖がついている。  ははは。ほら。ストッキングと寝癖は正解。ニキビだけはかろうじて免れた。それにしても、なんて見事な伝線でしょう。花子はしばし、その場に立ち尽くす。 ☞   内なる怒りを秘めたまま、しかめっ面で出社したら、待ってましたとばかりに山本太郎が声をかけてきた。 「田中さん、昨日話してた書類なんですけど、ハンコ押してもらえますか?」 「いやだよ」 「ええ?困りますよ!」 「嘘だよ。はい、どうぞ」 「あざーっす」  ひょこひょこと剽軽な足取りで遠ざかっていく山本を見送って、ふんっと鼻から息を吐いた。全く、若者は悩みがなくっていいわよね。最近むくみやすくなった足を目立たないようにマッサージしながら、苦い怒りを噛み締めた。
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