山本太郎、怒る

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山本太郎、怒る

「ハンコを下さい」  そう言っただけなのに、田中女史ときたら今まで見たことのないお荷物を背負わされたような顔をした。その上、「いやだ」ときたもんだ。冗談でも笑えない。全く、勘弁してくれよ。太郎はがしがしと後頭部を掻き毟る。  そもそも今日は朝から碌なことがないのだ。まず、起きたばかりで同棲している彼女との喧嘩から始まった。発端は、歯磨き粉。 「子供の頃さぁ」  しゃこしゃこと歯を磨きながら太郎は言った。 「歯磨き粉ってイチゴ味とかブドウ味とかじゃなかった?あれ今から思うと、すげぇ気持ち悪いよね。すっきりしたい時に、甘い味で歯を磨くとかさぁ」  ね?そう思わん?と振り返ったら、彼女はまさにストロベリー味の歯磨き粉を手にしたところだったのだ。 「えっ」  太郎は思わず二度見した。 「それ、使うの?」  彼女が鬼の形相になった。 「悪い訳?大体さぁ」  そこからは彼女の独壇場だった。太郎君っていっつも自分だけが正しいと思ってるよね。人のことを受け入れないっていうかさぁ。  這う這うの体で部屋を逃げ出して、それでも通勤電車の中でお気に入りの音楽を聴いたりして、なんとか気持ちが持ち直してきたところだったのだ。それなのに、あの田中女史ときたら。  むらむらと怒りが込み上げてくる。今日の昼飯はがっつりジャンクなもん食ってやる。近所のコンビニの自動ドアをくぐる。昼時で、レジの前にはプラスチックの弁当箱や、フィルムに包まれたサンドイッチを持った客が行列を作っている。イライラしながら順番を待ち、ようやくレジに到達する。不愛想な店員がぴっぴっとバーコードを読み取っていく。その時。 「おい、今缶コーヒー二度打ちしただろ!」  店員が驚いたようにレジを覗き込む。 「あ、すんません。直します」 「直します、じゃねーだろうがよ。しっかりしてくれよ全く!」  普段であれば寛容な方だけれど、今日の太郎は腹の底に怒りを溜めている。つい語気が荒くなった。 「…すんません」  店員の謝る声を背に、ずんずんと店を後にした。
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