鈴木正一、怒る

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鈴木正一、怒る

「ったく。なんなんだよ、あの客」  鈴木正一はコンビニのバックヤードで声を荒げた。確かに、二度打ちというミスをしてしまったのはよくない。普段だったら絶対そんなことはしない。でも昨日はたまたま道路工事現場で交通誘導の深夜バイトが入っていたのだ。今月は先輩に誘われた飲み会やらなにやらの出費が多かった。コンビニのバイトだけでは賄えないかもしれないと思った正一は、もちろんそのバイトに飛びついた。そしてそのまま家に帰りシャワーを浴び、コンビニのバイトに出勤してきたのだ。正直、もうへとへとである。 「謝ったじゃねぇかよ」  やり場のない怒りが腹の中で煮えくり返る。芸人になるという夢を追いかけて、バイトを掛け持ちしてなんとか生活している。バカなヤツだと笑われても、ただ真摯に夢を追ってきたつもりだった。それでも、こんな日には心が折れそうになる。それはいつもちょっとしたことなのだ。いつもはしないミスをするとか。感じの悪い客に当たるとか。それだけで、どうしようもない憂鬱が正一を襲う。いらいらとした気持ちを抱えて、正一はレジ打ちを続ける。  やがて、白いシャツに黒いチョッキを着た中年の男性がやってきた。 「131番。二つちょうだい」  正一が棚から煙草の箱を下ろして、カウンターに置く。ところが、男性は財布を探り、胸ポケットを探り、ズボンの後ろポケットを探り、もたもたとしている。後ろにはどんどんと列が伸びて居る。つい、正一は言ってしまう。 「すんません、後が詰まってるんで。並びなおしてもらえます?」  ああ、やっちまった。いつもであれば客に喧嘩を売るようなことはしないのに。正一は、怒りを押し殺して深いため息をつく。
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