佐々木次郎、怒る

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佐々木次郎、怒る

 次郎は歩きながらたっぷりとしたカーキ色のジャケットのポケットを探る。冷たくて重い感触が指の先に触れる。昨日の夜は悩んで眠れなかった。こんなことをしてなんになるんだ、という思いと、もうどうにでもなれ、という思い。狭い部屋のせんべい布団の中で、何度も寝返りを打った。  神様は不公平だ。幼い頃から次郎の人生は我慢の連続だった。みんなが買ってもらっている漫画やおもちゃが買ってもらえない。ランドセルや洋服はいつも親戚のお下がりで、穴が開いたりよれたりしていた。家を出て自分で働くようになってからも、苦労の連続だ。ところが、もうほとほと疲れ切っていた次郎は、とんでもない拾い物をした。人通りの少ない路地で、鈍く光るものを手に取ってみると、それは拳銃だった。  恐る恐る手に取ってみると、ずっしりと重い。次郎にはそれが本物かどうかは判別できなかった。引き金に指をかけてみるが、もちろんその引き金を引く勇気はない。そのままポケットに突っ込んで、足早にその場を後にした。家に帰って、目の前にそれを置いてじっくりと考える。  思えば、満たされたことのない人生だった。一度くらい、世の中に復讐めいたことをしてやりたい、そんな気持ちが湧いてくる。それでも、次郎とて根っからの悪人ではない。年老いた両親の顔が脳裏に浮かんだ。    次の日、心落ち着かず街をさまよっていた彼の目が、ある看板の上で止まった。 『あなたのパートナー。○○銀行』   融資を打ち切り、次郎の父親の会社を倒産に追いやったにっくき銀行だ。気付けば、次郎はタクシーに乗り、「○○銀行へ」と告げていた。  次郎の暗い表情に気付いたのか気付かないのか、運転手が憤懣やるかたないと言った様子で世の中に対する不満をぶちまけた。次郎の心の中にわずかに残っていた迷いは、タクシー運転手の怒りに触発されて跡形もなく消えていった。運転手はまるで、次郎の背中を後押しするために現れた悪魔の手先であるかのように、世の中に対する呪詛をまき散らす。  運転手の言うとおりだ。正直者が馬鹿を見る。最後にささやかな復讐をして、もうこんな世の中とはおさらばしよう。  タクシーから降りて、次郎は銀行の自動ドアへと歩き出した。
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