田中花子、怒らないことに決める

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田中花子、怒らないことに決める

 ――― っていうことがあったりしてね。  田中花子は、伝線したストッキングを眺めながら妄想にふける。  ここでわたしが怒ったまま家を出て、そうすると多分その怒りを誰かにぶつけちゃうでしょ。そうしたらその誰かがまた他の誰かに怒りをぶつけて。 怒りって伝染するのよね。あ、面白いなぞかけ思いついちゃった。 『ストッキングとかけて、怒りと解きます。その心は?』 『どちらもでんせん(伝線/伝染)します』  なあんちゃって。我ながらばかばかしい。  花子は下らない考えを頭から振り払って、手早く身支度を整えて部屋を出た。勤務先の○○銀行まで、電車で30分。気分転換に音楽を聴きながら行こう。  駅前で、青白い顔をして蹲る青年を見かけた。くたびれたカーキ色のコートが痛々しい。今朝の自分の妄想を思い出す。いやいやまさかね。わたしはただの会社員であって予言者じゃないんだから。それでも、花子は足を止めた。目の前のコンビニで、温かいお茶とクラッカーを買う。支払いは電子マネーでスムーズに済ます。「ありがとっしたー」という少し疲れた店員の挨拶に「ありがとうございまーす」と丁寧に返す。  店を出て、青年に声をかける。 「大丈夫ですか?良ければこれどうぞ。」  青年が驚いたように顔をあげた。恰好はくたびれているけれど、きれいな澄んだ目をしていた。彼は何か言おうとしたようだったけれど、その時にはもう花子は急いでホームに向かって歩き出していた。 『かくして、街の平和は守られたのであった』  花子の頭の中では、お気に入りの音楽と共に、そんなナレーションが流れていた。 ーおしまいー  
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