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尋ね人の相手は勇輝だった。
本当にこの人はタイミングが悪い。
「よっ。元気してたかな?ってめちゃくちゃ目腫れてるじゃん。どうしたの!?」
今あなたのことを想って泣いていたのよなんて言えるもんか。
「別になんでもないよお。どうして今なのよ」
涙混じりの瞼を擦りながら私は彼に問いかけると彼はにっこりと屈託のない笑顔を見せつけながらこういった。
「そろそろ寂しくなるころだろうと思ってさ。ほら。鶏肉と野菜買ってきたからあの日のやりなおししようよ」
ずるい。
このひとは本当にずるい。
さっきまで私はわがままで自分勝手な人間だと思い込んでいたけどこの人のずるさに比べたらきっとたいしたことないだろう。
きっとこの人には全てお見通しなんだ。
私のこと全部わかったようなふりをして、私のこと離さないつもりなんだ。
勝手に八つ当たりしても。近くにいてほしくないときも、そうじゃないときも。
ずっと離れることはないんだ。
うっとおしい。本当にうっとおしい人だ。
そんなあなたが私を側に置いてくれるから私は私でいられるんだと改めて思った。
鍋には〆がある。
具材から出たおいしいところだけを凝縮させてご飯に染みこませて食べるのは鍋の醍醐味と言えるだろう。
恋愛もきっと色んな感情を煮込んで二人だけの味を作り出す鍋のようなものなのかも知れない。
それでも私たちの〆はきっとこない。
怒りも、不安も、楽しさも、がっかりも全部含めて煮込まれていく。
無性に当たりたくなるような感情に任せてスープが灰汁まみれになってしまうこともあるかもしれない。
それでもここが最高の瞬間だったと終わらせることなんて私はしたくない。
きっと私は勇輝と一緒に愛情というスープをずっと煮込み続けていくだろう。
いや、そうあってほしいと心から願うばかりだ。
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