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家に着くと勇輝は先に私の家についていた。
ドアを開けるとすぐに
「おかえり」
と駆け寄ってくる姿は小型犬のようで実に愛らしい…。
はずだった。
恋愛をしているときはどうやらレンズのピントがずれているようなものだったと思う。
ぼんやりとした輪郭で捉えるとたしかに勇輝は小型犬のように可愛らしかった。
でも、2年も付き合って彼の輪郭をはっきりと捉えるとどうみてもただの青年にしか見えない。
ちょっと癖毛のまじった髪の毛と。
細めの頼りない背中と。
連絡が少しだけ雑なところと。
整理整頓が苦手な一般男性。
ピントがはっきりと合わさってくるとどうにも彼の行動がうっとおしく感じてしまう。
買い物袋で手がふさがってるのになあとか。
また靴下脱ぎっぱなしだなあとか。
そういうところに目が行ってしまう。
「ただいま。今ご飯作るから待ってね。」
「あ、一人で食べてきたからいいよ」
「あ、そう…」
一言そう言い残し、自分は一人分の白菜をザクザクと切り始める。
心なしか音を強く立ててしまった様な気がする。
包丁がまな板に当たる音がカンカンと響き、その様子を不安げに勇輝が見つめている。
私ってめんどくさい。
あれだけ彼を心の中でこき下ろしながらご飯は一緒に食べたかったとか。
連絡が来たときは一人がいいと思ったのにいざ二人で一緒にいるってなったら二人で食べないとなんか不機嫌な態度を取ってしまう。
そんな自分が嫌で仕方がない。
首を濡れた真綿で締め付けられるようなじわじわとくる自己嫌悪に苛まれながら鶏肉を鍋に加えたら勇輝がこそこそとこちらの様子を伺いながら話しかけてきた。
「ごめんね。」
「ごめんって何が?」
「いや、なんか悪いことしたのかなって。」
どうして彼はここまで私の気分を逆撫でするのだろう。
自分に悪いことがした自覚があるならまだしも私の機嫌を直すために謝る謝罪に一体どんな価値があるのかわからないのだろうか。
「何に対して悪いことしたかわからないなら変に謝らないでくれる?」
「ごめん。」
「だからごめんってなにが……なんでもない。忘れて。」
グツグツと音を立てて鍋が煮込まれている。
スープの表面には灰汁がじんわりと表面にただよい始めた頃だった。
こんなこと言うつもりはなかったのに。
本当はこんなこと言うつもりじゃなかったのに。
彼の些細な言動が、行動が、私の心のコンロに火をつけてしまう。
これまで私と勇輝で作り上げてきた恋愛という鍋のスープはあつあつのままで問題なかった。
ぶつかることなんて今まで無くて。
私が気にかけたことに勇輝は全部答えてくれて。
ただそれだけでよかったのに。
最近は違う。彼の私を気にかける態度がつくづく鬱陶しい。
彼が変わったのではないと思う。私が変わってしまったのだ。
私が彼を気にかけている様に彼も私を気にかけてくれていることに気づいたのは最近のことだった。
ただ、その少しの気遣いのすれ違いがたまらなく鬱陶しく感じる。
彼のことが嫌い。
そんなこと思いたくないのに彼の軽率な発言、行動が私の中のコンロに火をつける。
私たち、最初はもっとうまくいっていたはずなのに。
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