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自分の考えにはない人だと思った。すごく新鮮だった。何なんだ彼女、本当に日本人なのかと思うくらいいろんな意味で強調性がない。自己中ということじゃなく、他人の意見や生き方に左右されない。
今の怒ったかなあと思って怒っているかを聞くと返事はいつも「怒ってない」。一緒に過ごしているとそれが本当に怒っていないということがわかる。
怒ってないって言って、怒ってない人初めて見た。
そこからはもう自分でもびっくりするくらい、俺の生活が変わった。まず女遊びはやめた、彼女一筋。嘘ついたりごまかしたりせず、真剣に向き合った。チャラチャラ遊んでいたのをやめて大学の勉強を真面目にやった。頭が良い彼女の話についていきたかったからだ。周囲は驚いた、一度死んで別の人間の魂が入ったんじゃね? というくらいに噂となり。面白半分で彼女を口説く男が湧いて出たので俺がブチ切れた。
「何で怒るの」
「あたり前だろ、人の彼女に下心と遊び心でちょっかいかけて」
「そんなの私もわかってるから相手にしてなかったし浮気しないのに」
「いいんだよ、見てて俺がムカついたってだけで。お前にムカついたんじゃなくてあいつらに――」
バギ! と凄い音がして俺の頭に激痛が走る。
「ぶぎゃ!?」
クッションで寝てたらそのまま飼い主に座られた猫みたいな悲鳴をあげて俺はうずくまった。涙目で見上げると彼女がチョップをしたらしく手がその形で固まっている。そしてその顔は。
殺し屋かと思うくらい絶対零度の冷たい目。いやもうチビりかけるくらい怖い。
「えっと、あの、怒ってますか?」
「たぶんね」
今俺の目の前には三つの選択肢がある。死ぬ、殺される、話を聞く。選択肢を間違えると死ぬやつ。
「……何に対してでしょうか」
選択肢間違ってませんように。さすがに俺でも理由分かってないのにいきなりゴメンって言うのはTNT爆弾踏むくらいNGな事はわかる。
これで隠しコマンドで芸人の物まねしながら阿波踊りしないとダメとかだったらマジ死ぬ。
「お前って言わないで、ちゃんと名前で呼んで。私には末永月美って名前がある」
……。え、そこなんだ。
でも確かに。名前って皆等しく必ず持っているもので、アイデンティティそのもの。名前を呼ばれないのはその他大勢って事になるのか。
俺にその他大勢扱いされるのが嫌だってことで。それは、月美が俺を特別な人だと思っていてくれているということで。
「ごめん、月美」
「よろしい」
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