決意のベビードール

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 双方の両親が旅行に行くというから見送って、姉を放って隣の家に押し掛けた。取りに戻ればいいだけだから荷物なんかいらないけれど、そっとあるものを持ってきた。  今日ボクは、あっくんを押し倒してみようと思う。  自室でベッドに寝転がりスマホをいじっているあいつ。当然のように部屋に入って、その上に飛び乗った。 「う、ぐぅ」  スマホを顔に落としそれに痛みながら、さらに圧し掛かってきたボクに耐えている。 「重いー」 「重いっていうな」 「軽いー」  あっくんはちょっと馬鹿だ。大学だって行くには行っているけれど、まったく知らないところだった。さすがに名前を書いて金を払えば入れるわけではないだろうけど、100点自慢を聞いたこともない。 「そろそろ行った? 出かけるまで長かったっしょ」  大学に入って染められた茶色の髪は根元が黒くなっている。明るくしたなぁって思っていた髪はさらに色が抜けた気がする。それを引っ張って、くりくりとこねくり回す。  あっくんはボクをどかしはしない。体の上に乗っけ、顔も半分潰されたまま普通にしている。どうせなら抱きしめてくれてもいいのにそんなこともない。 「ねーあっくん、食べたくなぁい?」 「お腹空いた? 早くね?」 「違う」  小さなころから変わっていないカラフルな時計の針は午前10時を指している。  スマホを持った手はぱたりと倒れ、正解を言わないなぞかけに悩んでいた。 「わかんないの?」  体を擦り付けて、わざと耳元で囁くように息を吹きかける。単純な答えだ。目の前のボクを食べたくないのかってだけのこと。 「あっくん好きだよー。結婚しようよー」 「いいよ。で、答えは?」  ほらこんなにあっさりと返事される。心にもなさすぎ。  このやり取り何年やってると思ってんの? 5歳の時から数えたとして10年以上だよ? たしかにまだ結婚年齢に達してないと思うけど、それにしたっていい加減本気にしてくれても良くない? あっくんとは5歳差だけど、そこまで子ども扱いされるのもおかしいよね。だって一緒に育ってきたし、あっくんだってサルみたいだったことに変わりはないし。  せめて可愛いねって言ってくれても良くない? もう、最近はもう、ひげだって濃くなってきた。このまま可愛いを突き進めないって気付いてる。だけど今までの、この状態でダメなら本当にダメじゃん。これからどんどん老けてってあとはおっさんになってくだけで、メスでも入れない限りこの形は保てない。  なんだかワーッと苛立って、なんだか泣きそうになってきた。  頭の後ろから無理やり引っこ抜いた枕をその顔に押し当てる。 「うー」  死んでしまえ。半分本気で思ってる。  体を起こしお腹の上に座り込んでも、あっくんは枕をどけなかった。ただ抑え込まれていないから呼吸は出来て、もごもごと喋る。 「どうしたん」 「黙ってて。見ないで」  まだ可愛い今のうちに、これは最後の宣言。  あっくんの上に座ったまま服を脱ぐ。死んだように動かないのを見ながら、痛む心臓に耐えた。  買ったのは可愛さの塊のようなベビードール。全裸を晒しても男でしかないから、半分女の子でいようって思った。それを着たところで胸元はスカスカで布が潰れているし、パンツだって中に余計なものが詰まっているのは分かるけど、これで、最後。  ――失敗したかな。パンツはもっと隠せるものの方がよかったかな。ちんちんついてるのって違うよね? さすがに男だって認識強すぎるよね。でも白いひらひらの下に、履いてきたパンツはむしろ悪目立ちが強すぎる。だからもうこれでいく。  最初で最後だから。 「あっくん好きだよ。結婚して」 「いいよ」  返事は何も変わらない。きっと十年先でも二十年先でも変わらない。死ぬ間際に聞いたとしても、きっと返事は同じだろう。その前にあっくんが結婚して変わるかな。 「あっくんはボクのこと好き?」 「好き」 「じゃあ、いいよね」  今まであっくんに彼女はいたのかな。全然知らない。聞いてないし聞かされてない。足繁く通っていたけどそんな気配はなかったよ。でもバイト先の人と仲良くしてるのは知ってる。その人が美味しいっていってた甘いものだって買ってくるし。だからそこらへんでいつの間にか彼女ができてたっておかしくない。あっくんはちょっと馬鹿だけど、でも優しいから好きになっちゃってもおかしくない。  枕をどかして覗き込む。目が合う。いつの間にか着替えているのに驚いている。何か言われる前にキスをした。  ずっとあっくんだけを好きだった。だから誰かと付き合ったこともない。でも恋人を作っておけばよかったかな。そうしたらキスの練習になったのかも。襲うのだってもっとうまくできたかも。唇をぶつけるように重ねたところでこの後どうしたらいいのかわからない。文字だけの知識で舌を入れて、受け入れてもらえるように祈った。  ――舐めたらいいのかな。吸ったらいいのかな。それとも噛んだらいいのかな。  舌先がぺろりと舐められて、びくっと引いてしまう。体ごと離れそうになって、またあっくんを押し潰す。息を止めていることは出来なくて、んーって鼻息を吹きかけた。 「ま、待って。しんちゃん」  信二というボクの名前はとてもじゃないが可愛くはないし、中性的でもない。だから名前を呼ばれたら男だって認識が強まってしまう。 「しーちゃんって言って」 「しーちゃん」 「よし」  べろりと部屋着のTシャツをめくり上げ、素肌に触れる。ぴたりと耳をつければ心臓の音がした。ドクドクドクって少し早い気がする。驚いたからかな。あっくん意外とビビりなのかも。違うか、枕で抑えられてて呼吸が浅かったからか。  心臓の音も体温もそのままでしばらく居たいほど心地よかったけれど、離れ、すぐそこに在る胸を舐める。揉んでも柔らかさは表面的な皮膚と肉の分しかないけど、ころっとした小さな乳首はある。だからそれをぺろぺろ舐めた。  ――やっぱりこれも吸うべき? それとも噛むべき?  わかんないのでとりあえず両方やってみる。頭の上ではあっくんが日本語未満の音を吐いている。止めるなら止めてくれたらいいし、受け入れるならそのまま受け入れてくれたらいい。ずりずりとそこから下へ移動して、見覚えあるおへそをくすぐる。あっくんは「はへへ」って変な声で笑っている。その隙に容赦なくズボンを引っこ抜いた。トランクスごと丸剥ぎにして、これまた見覚えのあるちんちんに触れた。少し頭を持ち上げ始めていたそれに、お腹の奥がきゅうってする。  好きな人とエッチしたいって思ってる。好きな人はあっくんしかいないって思ってる。 「しん……しーちゃん!」 「今からエッチすんの!」 「まだ結婚してないのに!」 「結婚してなくてもするもんだからいいの!」 「え、いいの?」  目が合う一瞬の間。 「文句あんの!?」 「ないない」 「……ないの?」 「しーちゃんがいいなら……あーけど、やっぱり結婚してからの方がいいような」 「やだ。今する」 「えーいいのかなぁ」 「しないなら結婚もしない」 「えっ。俺のこと嫌いになった?」  今の今ですぐ嫌いになれるはずない。反応が軽すぎてむかつく。むかつくから、無言で半勃ちのそれを咥えた。  何とも言えない肉の塊。おいしくもないし、ちゃんとお風呂に入って綺麗にしていたんだろう、臭くもない。毛が邪魔すぎるから手のひらで抑え根元から引っ張り出す。口に咥えたまま引っ張れば伸びる。面白い。自分についてるものと同じだけど他人のだと遊べる。けど噛む気はない。痛いのはボクも痛く感じるからダメ。 「しーちゃん」  あっくんのはすぐに大きくなった。ぐんぐん元気になって、口から出てしまう。 「むー」  アイスを舐めるみたいに横からぺろぺろ。舌先に力を入れてぐぐっと舐め上げる。 「しーちゃん、なんでそんな格好してんの」  さっきより深く息を吐いてあっくんが問う。 「可愛い?」 「えーと」 「ボクは可愛い?」 「しーちゃんは可愛い」 「ほんと?」 「その格好も似合ってると思う」 「今までそんなこと言わなかった」 「え? 似合ってるって言わなかった?」 「可愛いって言わなかった」 「好きでやってる格好に可愛いとかかっこいいとか俺が決めるのだめじゃね?」  確かに似合っているとは言われていた気がする。でも可愛いとは言われなかった。認められなかった。  口の中でもぐもぐとあっくんのちんちんを甘噛みする。納得いかない。 「しーちゃんちょっと」 「何」 「この状態だと話し合えない」 「話すことなんて」 「あるっしょ」  あっくんはちんちんガチガチにしながら、真面目な顔をして言った。  体を起こし胡坐をかいたあっくんの前に座る。こんな衣装まで用意してきたのにうまくいかない。 「今日のしーちゃんはどうしちゃったん?」 「どうもこうもないし。ずっとこうだったし」  自分がふてくされているのが分かる。 「あっくんがボクのこと可愛いって言ってくれないのが悪い」 「可愛い」 「心がこもってない」 「すごく可愛い」 「もっと」 「めちゃめちゃ可愛い。とんでもなく可愛い。こんな子が結婚してくれるのラッキーだな―って思ってる」 「……ほんと?」 「本当」  ガチで、マジで、絶対。なんて軽い言葉が続いて出た。まったく心がこもってない! と思うけど、あっくんはいつもこんなだ。 「可愛いって言われるためにその格好してんの?」  まじまじと見られそう言われると、なんだかずいぶん恥ずかしくなった。耳が赤くなるのを感じ俯く。 「その格好は可愛いじゃなくてエロいだし」 「そーしたの!」 「そもそもしーちゃんは小さい時からずっと可愛いんだし」 「全然言わなかった。好きだっていうのも結婚するっていうのも本気なのに、全然じゃん」 「え? 本気だし」 「は? だってデートもちゅーもしてくんないし!」  我ながらどすの利いた声が出た。 「デートしてたじゃん。いつも」 「"お隣さん"としてのお出かけでしょ」 「じゃあ今度デートしよ。ちゅーは、さっきしたし」 「今して」 「はい」  むーって口を突き出せば、一度そらされた目がまた戻ってくる。ちゃんとしてくれるまでしっかりあっくんを見つめていた。徐々に近づいてくる距離。目を閉じたあっくんはちゅっとして、すぐに離れてしまう。 「もっとして!! えっちもするの!! 好きだって言って、ちゃんとボクと結婚するって言って……」 「しんちゃんが好きだよ。結婚だってもちろんする。気が変わったらしかたねーなと思いつつ待ってたんだし」 「……ずっと待ってる?」  本当に? ちょっと信じられない。でも信じたい。信じたいから信じることにする。  両手を伸ばして抱き着けば、あっくんはゴツンと壁に頭をぶつけた。呻くのを無視して開いた足に乗っかる。すっかりしょぼくれてしまったあっくんのちんちんをぺいっと叩いた。 「新人には優しくしてあげて!?」 「なにそれ」 「そのまんまだよ。好きな子とエッチするためにとっといたんだから」 「好きな子」 「しんちゃん」  直した呼び名は再びいつも通りに戻っている。 「ちゃんともっと好きだって言ってくれればよかったじゃん。そしたらもっと早くイチャイチャできたじゃん。この童貞が」 「酷い言われよう」  自分だって経験がないことはこの際無視する。もっと早くあっくんが受け入れてくれていたなら良かったんだ。 「……しよ」  ぎゅっと抱き着いて頭の横で言ったセリフは、ようやく抱きしめ返してもらえた。
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